「では、新たな贄としようか。これだけの逸材だ。私たちの神もこの娘を捧げればお喜びになる」

「おぉ!それがいい!」

「この娘を贄とすれば神もクシミ様にご加護をくださるだろう!」


口々に歓喜の声を上げる男たち。
耳を、疑った。
男たちの言う贄とは、まさか先日報道された猟奇的な儀式の事か。
その贄に自分を当てると。
一気に、リョーマと跡部、二人の顔から血の気が引いた。


「止めろ!リョーマは関係ねぇっ!」

「黙れ愚民が!」


血を吐くような跡部の叫び。
それを頭を蹴り飛ばして黙らせた男が、ニヤリと気味の悪い笑みを浮かべた。


「そこでとくと見るがいい。我々に逆らった神への反逆者が、神聖なる神に回帰する瞬間を」

「ふざけんじゃ……ねぇ……!」


搾り出すような跡部の言葉を一笑に臥し、男がリョーマの顎を持ち上げる。
生臭い男の息が不快で。
目の前の男を睨み付けた。


「美しい贄だ。これならば神もご満足戴けるに違いない」

「さぁ儀式だ!儀式を始めなければ!」


口々に叫び出した男たち。
髪を引かれ、ズルズルと引き摺られていく身体。
リョーマの耳には、今だ叫び続ける跡部の声。
せめて髪を掴むこの手さえ外れれば。
不甲斐なさに唇を噛み締める。
このまま訳の解らないままに殺されるなんて冗談じゃない。
ましてや、このままでは跡部だって無事で済む保証はない。
何しろ二人とも男たちの顔をしっかり見ているのだ。
素直に帰してくれるなどと考えられるほど、無知じゃない。
跡部を殺させるなど、死んでもさせない。
そんなこと、リョーマのプライドが許さない。
跡部だけは絶対に助け出す。
何があっても。
しかし、髪を掴む手は揺るがず。
自由にはならない。
身体は地面の上を引き摺られていて、髪を掴む男には手が届かない。
万事休すだった。


「さぁ!贄を捧げよう!」


高らかに男の一人が宣言した、直後。
リョーマの視界の端で何かが光った。
反射的に視線を傍らに投げれば、窓から差し込む僅かな光を反射する物。
男たちは儀式とやらに意識を傾けているのか、こちらに目を向けている者はいない。
動くなら、今だ。


「小娘!何を!」


傍らで光るソレを鷲掴み、囚われた髪を握る。
そして、勢いよくソレを髪に向けて振り下ろした。


「なっ!」


驚愕の悲鳴。
手から滑り落ちていく髪。
握り締めたモノ──ナイフによって切り落とされた髪が、握る男の手で力無く垂れ落ちた。
目を剥く男たちにナイフを振りかぶり、手首や肩を切り裂く。
悲鳴を上げて怯んだ男たちから一歩後退し、素早く跡部を縛る縄にナイフを潜り込ませた。


「早くっ!」


呆然とする跡部の手を引き、声を荒げる。
正気に戻った男たちが後ろから追い掛けてくる音が聞こえ、跡部とともに走り出した。
追っ手は、三人。
手や肩を切られた男を除いた奴らだ。
迫る男たちに跡部が蹴りを入れ、距離が開けばまた走る。
時刻が日付けの変わる頃ということもあり、人気が全くない。
助けを求めようにも、店という店が全て閉まっていてそれも望めない。
体力に自信のある二人と言えども限界はある。
奴らが車でも持ち出してきたなら終わりだ。
夢中で走り続け、ここが何処なのかも解らないまま。
民家の途絶えた道路に出た時。
幾つもの赤いテールランプが、高らかな音を立てて近付いてきた。













跡部の父と祖父の働きにより、警察が総力を上げて跡部とリョーマの捜索をしてくれたらしく、折しも二人が逃げ出した同時刻に居場所を特定したのだという。
港から国道まで約二十分近く走り続けていた二人を警察が発見したのは、突入に向かう道中だったのだという。
その後、犯人たちは一斉検挙され、事件は収拾した。
そして、今はパトカーの中。
与えられた毛布に身を包んだリョーマの隣、足を組んだままグッタリとシートに身を沈める跡部が悲痛に瞳を歪めた。


「……悪かったな。こんな目に合わせちまって」

「別に。無事だったんだからいいんじゃない」


肩を竦めてそう返せば、跡部の指がリョーマの髪へと滑る。
背中半ばまであった髪は、今は肩より少し短い。
その上、ナイフで切ったために酷く不揃いだ。
髪を梳く跡部の瞳が、酷く頼りなく揺れて。
リョーマの瞳も跡部を仰ぐ。


「髪だって……こんなにしちまった……」


まるで自分のせいなのだと責め立てているかのように。
叱られた子供のように、頼りない。
リョーマはただジッと跡部を見上げて。
そして、髪を梳く跡部の手を頬に寄せ、擦り寄せる。
ピクリと、跡部の手が震えた。


「解ってないね、アンタ」


手に頬を擦り寄せたまま。
視線だけで見上げて。


「これはアンタの為に切ったんじゃない。ましてやアンタの所為でもない。俺の為だよ」


これを決断したのは、自分の為だ。
だから、跡部がそんな顔をする必要はないのだと。


「けどお前……その髪は……」


跡部の言いたい事は解る。
確かに願掛けの意味を篭めて髪を切らなかった。
半分意地でもあった。
けれど。


「──今の俺には、願いを捨てても守りたい誇り(プライド)がある」


跡部を失うのを、黙って見続けるなんて。
為す術なく殺されてしまうなんて。
そんな事、リョーマのプライドが許さない。
だからこれは、リョーマ自身のプライドを守る為の最善の行動だった。
髪はまた延ばせばいい。
願いだって思い続ける事が出来る。
そんな物に縋らなければいけない程、弱くない。


「だから、アンタが気にする必要なんかないんだよ。これは俺のプライドの問題なんだから」


微笑みとともに跡部の頬を撫でれば、キツク抱き締められる。
掻き抱くように、強く。
僅かに震える跡部の背に腕を回し、宥めるように叩いて。
チラリとパトカーの窓から外を窺えば、警察たちは犯人の取り押さえや現場検証などでまだ戻っては来ない。
新たな住人が車に乗り込むまで、跡部の腕に収まっているのも悪くないかもしれない。
誰よりも強いくせにリョーマの事になると酷く弱くなってしまう、この男の腕に。
苦笑未満のままゆっくりとリョーマの瞼が下ろされ、跡部に回された腕が強くその背を抱き締めた。






◆◇◆◇







『願いを捨てても守りたいプライドがある』
他の者が言ったなら、何と傲慢に聞こえただろう。
誰もが愚かだと笑うだろう。
だが、リョーマが言うからこそ、ソレは酷く高貴であり崇高な言葉となる。
気高く、美しく。
咲き誇る言華(ことば)となる。
どんな場所にいても揺るがない。
どんな苦境にも怯まない。
比類なき強さを持つ少女。
あどけなさに滲むその強さに、俺は心を奪われる。
美しく儚く、そして気高い徒花。
この腕に抱けるその華を、守りたいと。
如何なるモノにも負けを知らぬ少女の全てを。
リョーマが願いを捨てたように。
今度は俺が。
何を捨てても守ろう。
美しい花弁が、散ることがないように。
願いとともに散った美しい髪。
二度とこんな思いをさせぬように。
永久に。
久遠に。
その華を守ろう。
艶やかな、君の髪を梳きながら。
君の隣で。




END


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