中央には赤々と燃え上がるキャンプファイアー。
その周囲には男女様々な組み合わせが手に手を取り、緩やかなステップを踏んでいる。
本日は関東地区合同学園祭最終日。
コンテストや模擬店も終了し、残すはキャンプファイアーと社交ダンスのみ。
壇上での挨拶を終え、無造作にポケットへと手を突っ込んで佇むのは、この学園祭の立役者の一人。
跡部景吾その人だ。
ボンヤリと見るともなしに炎を囲む人々眺める。
結果から言えばこの学園祭は成功であったと言えるだろう。
大盛況となった会場は一般客によってごった返し、出店されていた模擬店はどれも目まぐるしい忙しさだった。
そして何より。
跡部自身も満足のいく結果だった。
アトラクションとして提案したハムレットを題材とした劇では以前からの計画は滞り無く遂行されたと言っていい。
恋人である越前リョーマをまんまと乗せ、ハムレット役である己の恋人役、オフィーリアを演じさせたのだから。
自らを男と豪語する恋人はこうでもしなければ公然の場で口説かれてはくれない。
とはいえ、例えリョーマでなくともこの自信家の跡部に人前で口説かれるなど御免被りたいのだが。
生憎跡部にはそんなリョーマの心情は微塵も伝わってはいなかった。
ぼんやりと眺めていた社交ダンスは、そろそろ酣(たけなわ)。
緩やかに通り過ぎていく男女を意味もなく目線で追っていく。
この人混みの中だ。
例えリョーマをダンスに誘いたくとも、まず探し出すことが至難の技と言える。
そのうえ今回の学園祭には跡部自身の追っ掛けが数多く押し寄せてきていたため、下手に動こうものならば付き纏われることは必至。
悪ければ捕獲されて身動きすら取れなくなるだろう。
折角の気分をそんな形で潰されるなど冗談ではない。
よって跡部は今佇む場を動けない。
しかし、かといって何もすることなどないのだからただ周囲を眺めるしかない。
学園祭の終了まであと僅か。
それまでの時間こんな場所で鬱々と過ごさなければならない我が身に深い溜息が漏れるのは、これで何度目になるのか。
しかし、人々の雑踏に紛れて近付く足音を聞き止めた瞬間、そんな沈鬱な気分は一瞬にして雲散霧散した。
軽やかな足取り。
いつもは学ランに包まれた華奢な身体は、今日に限って青を貴重とした夏らしいセーラー服。
時折吹く風に靡く黒髪の間から覗く大きな琥珀色。
フワリと歩く度に揺れるスカートが、跡部の傍らで漸く止まる。


「……何見てんの?」


悪戯を仕掛ける子猫のような輝きを醸す瞳が、跡部を覗き込む。
後ろ手に組まれた手と身を屈めて見上げてくる仕種は、獲物へと今か今かと構える猫そのものだ。
その幼くも愛らしい姿に、自然口元には笑みが上る。


「……さぁな」


実際、何を見ていたわけじゃない。
ただ手持ち無沙汰の延長に周囲を眺めていただけだ。
傍らの存在へと視線を向ければ、跡部の返事が不満だとばかりに唇を尖らせた少女。


「……別にいいけど」


恐らく跡部が誰か他の女に目を付けていたことを期待したのだろう。
他人に目移りでもしたならば目一杯声高に罵詈雑言を投げ付けて揶揄う腹積もりだったのだろう。
普通のカップルならば揶揄うだけでは済まないような事象も、リョーマの手に掛かれば体のいい玩具に早変わりするのだから恐ろしいものだ。
尤も、それは跡部が何があろうとリョーマから離れはしないという確固たる確信の為せる技なのだが。
目論見が外れて些か拗ね気味な瞳が、フイと明後日を仰ぐ。
テニスに関しては男顔負けなプレイを見せるくせに、こう言った類にはとことん幼い。
そのギャップがまた愛らしさを助長してくれて。
跡部はまた俄かに笑みを零す。
この小さな恋人は大胆不適でありながら無知である。
そのミスマッチさが面白く、また悩みの種ではあるのだが、それもまたリョーマを語る上で外すことの出来ない魅力の一つだ。
しかしながら、唇を尖らせるリョーマの横顔を眺め、思い付いたように意地の悪い笑みを浮かべて見せる跡部もまた流石はリョーマの恋人であるといえる。


「じゃあ問題ないな。踊るぞ。……お手をどうぞ、お嬢さん」

「え?あ……」


ニヤリとした笑みを引き連れ、差し出された掌。
唐突な申し出を前に面食らい、リョーマの視線が跡部の顔と掌を往復する。
戸惑いが手に取るように伝わり、わざとらしく眉を顰めて跡部の表情が露骨に不機嫌へと変化する。


「嫌だってーのか?」


咎めるように再び掌を突き出せば、リョーマの視線が彷徨う。
恐らく、公衆の面前でのこの誘いには羞恥と戸惑いが大きいのだろう。
しかし不機嫌を露にする跡部を無視するわけにもいかず。
結果的に救いを求めて何処かへ視線を彷徨わせては硬直する羽目になっているのだろう。
だが、しかし。
そこは天下の跡部景吾。
リョーマの心情が理解出来ていようと、己の意志は貫き通すのが彼だ。


「それくらいで固まってるようじゃ、俺とは付き合えねぇぞ」

「う……」


追い撃ち。
まんまと言葉に詰まり跡部を見上げてくる視線は、陥落間近。
結局、跡部はリョーマに弱いがリョーマも大概跡部に弱い。
結局は惚れた者負けなのだ。
黙ったまま跡部の掌を見詰めるリョーマの唇は引き結ばれ、恨めしげな視線が跡部を睨み上げた。
そんな些細な抵抗も、跡部にとって極上のスパイスでしかない。


「何か言いたそうだな」

「そりゃ、まぁね」


観念したようにガクリと落とされた肩。
黒髪の下に表情が隠れ、どんな顔をしているのかは見えない。
が、想像には難くない。
恐らく、少なからず頬は常の色をしてはいないだろう。
そしてそれは、早々にリョーマが上げた白旗により証明された。


「そ……そんな言い方されるとなんか……むずがゆいっスよ」


ボソボソと呟かれた言葉は、しっかりと跡部の耳へと届き。
更には黒髪の間に覗く耳が仄かに赤らんでいたこともまた、跡部の笑みを誘うに十分だった。


「いつも冷静なお前が、そこまで慌てるとは……なかなか面白いな」

「……なんか複雑なんだけど」


ムッと睨み上げてくる視線にも、迫力など皆無に等しい。
いたたまれないと逸らされた視線を追うように指先を白い頬に滑らせれば、ピクリと微かな震え。
覗き込むように身を屈めれば、観念したように視線が絡み合った。


「……そうかよ。とにかくお前は心配するな。あとは俺に任せておけ」


言葉とともにリョーマの掌を掬い上げれば、一瞬非難じみた視線が向けられる。
しかし、跡部の手が腰へと回されれば表情は一転。
観念したような、嬉しそうにも見える、そんな表情で。
微かに、小さく。


「ん……」


頷いた。
向かう先は、赤々とした炎。
捧げ持った指先を引けば、怖ず怖ずと追い掛けてくる足音。
引き寄せた身体の温もりに自然と頬を緩めれば、胸元にかかる微かな重み。
預けられた身体を抱き留めて、艶やかな黒髪へと唇を寄せた。






◆◇◆◇







君のためなら常識など必要ない。
君を抱くためなら周囲など関係ない。
差し出したこの手は君だけが受け取ればいい。
我が儘で幼く、そして素直になれない君だけが。
今夜は特別。
高ぶる心を互いに曝し、君をこの手に。
さぁ、踊ろう。
俺だけのmy first lady.




END


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