だんまりを決め込んでいた人間が、突然脈絡なく言葉を落とせば誰とて意味を計りかねる。
幾ら聡いと言われる跡部とても。
しかしリョーマの瞳は変わらず、跡部を見ない。
前方に広がる試合風景を映すのみ。
試合経過など既に解らなくなっているのだけれど。


「あんな事で潰し合わなきゃならないなんて……俺は嫌だ」


缶の汗は、既に干上がっていた。
木陰がサワサワと揺れる。
まだら模様が緩やかにその姿をひしゃげた。


「アンタは、気付いてよね」


一際大きな歓声。
何処かで試合が終わったようだ。
激闘を演じた選手たちを慰撫するように、ザワリと一際大きな風。
跡部の瞳が、ゆるり見開かれた。


「潰し合うなんて、まっぴらだよ」


漸く振り向いた鮮やかな琥珀。
久方ぶりに蒼玉と絡んだソレは、とても強く苛烈。
そしてどこか儚げに。


「あんなの、俺は嫌だ」


その言葉の意味は────。


「……あぁ……そんなことか」


苦笑のような、呟き。
リョーマの態度に漸く得心がいったとばかりに、揺れた秀麗な美貌。
隣合うままに、互いの瞳が語らう。
言葉は、とても少ないけれど。


「……そん時は、引きずり上げてやるよ。真っ先に。お前、泳ぐの下手だろうからな」

「なにソレ」


クツクツと揶揄混じりの言葉に、リョーマの眼差しがジトリ据わる。
けれど知っている。
交錯する視線に、一片の揶揄もないことを。


「もっとも、お前は自力で浮き上がりそうだけどな」

「当然」


嗚呼……と、琥珀がユルリ笑む。
これだから跡部は。


「おい。そろそろ試合だ。戻るぞ」


立ち上がった跡部を見上げれば、リョーマの眼前に差し出された手。
白くて綺麗な、けれど逞しい掌。
風にたゆたう木陰の中、差し出されたそれ。
ユラユラ揺らぐ世界の中央で、小さな手がその手を払って立ち上がる。
払われた手をプラプラ振って見せた跡部は、別段機嫌を損ねるでもなく。
殊更艶やかに、笑って見せた。


「試合の前にまずは救護室だな」

「は?なんで」

「絆創膏」

「げ……」


連れ立つ背は隣同士。
きっと大丈夫。






◆◇◆◇







『引きずり上げてやるよ。真っ先に』


彼らしいと思った。


『俺達は堕ちない』


なんて無責任なことを言わない彼が。


『間違えない』


なんて不確定なことを言わない彼が。
未来に絶対がないことを、彼は知っている。
だからもしもを語る。
その時がきても、見失わないように。
きっと俺は、その手を取ることはないだろうけれど。
その手を目指して、浮き上がる。
きっと大丈夫。
俺達の手は、互いを沈め合うためになんて伸ばさない。
もしもが起きたなら、どうせなら互いに競い合って水面を目指そうじゃないか。
気付いた彼等のように、手を取り合うことはなくても。
どちらが先に水面に浮き上がれるかを競おうか。
さぁ手を伸ばそう。
君より高く早く揺らめく水を蹴散らして。
更なる高みで、君と向き合えるように……────




-END-


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