しゃくり上げるリョーマから手塚が事情を聞き出せたのは、ホテルに付いてから十分後。
駅での合流から二十分後の事だった。
時間が経っているとはいえ、リョーマの震えは収まらず。
涙は乾き始めたが泣き濡れた瞳の赤みが痛々しい。
腕を組み、苦々しげな声を漏らす手塚の傍ら。
肩を抱かれたリョーマはただ、収まりきらない気道の痙攣に肩を震わせるのみ。
小刻みな全身の震えは触れている手塚にもダイレクトに伝わってくる。


「いい加減に泣き止め」


慰めるというにはお粗末で粗雑すぎる物言い。
吐き捨てるというに遜色ないソレはしかし、手塚なりの気遣い。
何故その痴漢を捕まえなかったのか、何故大声を出さなかったのかとか。
言いたい事は山とあれども、そんな事はリョーマ自身とて理解の上だったろう。
けれど実行する事は叶わなかったのだ。
となれば、ここで手塚がとやかく言ったところで無意味。
出来る事と言えば、リョーマを落ち着かせる事だけだ。


「いい加減にしろ」


辟易と吐き出された溜息。
涙はなけれど残留した恐怖の抜け切らぬリョーマは、泣きじゃくると表現するに十分に過ぎる。
震える肩を、手塚の手がグッと一度、強く握った。
そして、その手が華奢な体を苦もなく反転。
座したソファは一転、ベッドへとその役割を変えた。


「ゃ……やだ……」


転がされた皮の上、大袈裟な程にリョーマの体が跳ねる。
拒絶を齎す唇は震え、声にも覇気はなく。
小刻みだった震えはその間隔を更に狭めた。
伸し掛かる手塚を見上げた琥珀の瞳には、恐怖。


「ぃゃ……やだぁ……」


修復された筈の堤防はいとも簡単に決壊し、再び溢れ出した涙。
手塚が怖いのか、それとも男が怖いのか。
恐らくは後者であろうと予測は出来れど、手塚の眉間に刻まれた皺はその深さを増した。


「貴様は俺を下卑たクズと同列にするつもりか」


想像は、容易い。
しかし、理解には程遠い。
真上から覗き込んだ目は、怯えしか映さぬ物だった。


「……いいだろう。ならば教えてやる」


スッと細められた切れ長の瞳。
手塚の瞳が、俄かに雄の色を纏った。


「貴様が誰の女で、誰の物か。そして……俺が貴様の嫌悪に値する男か否かをな」


薄い唇が釣り上がり、眼下のリョーマの瞳が見開かれた。
反論も抵抗も間に合わぬうちに、手塚の手が白い肌を這う。
絹の手触りに触れた皮膚が熱を宿し、全身を痺れさせる錯覚。


「いやぁ!」


拒絶しか吐き出さないリョーマに短い舌打ちを零して。
耳障りなソレを打破するために、酷薄な唇が覆った。













首筋にネットリと這わされる舌。
時折動きを止めてはチクリとした痛みを伴った痕を刻む。
あえかな吐息を零すリョーマの唇は変わらず震えを纏い、涙もまた同じ。
手塚を恐れているわけでもないのに、感情が意思を裏切って激流を作り出している。
常ならば歓喜の震えこそ感じるにせよ、恐怖などついぞ頭上の男へ感じた事などないのに。
今は、その一挙手一投足が怖い。
肌に触れる指が、唇が、吐息が。
耳朶の裏側を吸い上げられて、リョーマの体が跳ねる。
同時に、涙が目尻に散った。


「やめ……て……いやぁ……」


押し返そうと伸ばした手が逞しい胸板を押しても、強固な男の体は微塵も揺らがない。
それどころか腰をなぞっていた大きな指先は服の裾をくぐり抜け、素肌へ。


「ぃやぁ……」


消え入りそうな悲鳴は手塚に届く事なく、無遠慮な侵入者は何の迷いもなくふくよかな膨らみへ。
下着に覆われた、大きくはなくとも形の良い乳房。
厚めの生地を一度撫で、その手がゆっくりと背中に回る。
耳朶をなぶる唇は休む気配なく、その舌が耳の穴へと侵入。


「んッ!」


ヌルリと入り込んだ異物感と温もりに、再び華奢な体が跳ねる。
弓なりに反り上がった薄い背を逃さず、手塚の手がその隙間に潜り、下着を留めるホックを指先に外した。
支えを失い、力を無くして浮き上がった下着を手の甲に押し上げ、その手が再び今度は直にその膨らみに触れる。
やわやわと揉み込み、頂点に佇む淡い色合いの乳首を人差し指に捏ねて。


「あっ、ン……」


胸と耳から沸き上がる愉悦。
比例して増幅していく恐怖感。
服の中に蠢く愛しい筈の掌すら悍ましく感じて。
違うと解っていても、震えも涙も止まってはくれない。
右手で乳房を嬲り、唇で耳朶を攻め立て、そして左手は。


「やぁッ!」


太股を撫でられる感触に、掠れた悲鳴が上がった。
剥き出しの素肌の肉を握られ、触れるか否かの絶妙の強さで撫で上げる。
上半身への愛撫だけで十二分に潤いを持ち、女悦を分泌し始めた場所に酷く近いその場所を。
焦らすように往復しては時折肌に爪を立てて。
痴漢のした行為と似通うその仕種。
熱を宿すべきその行為はしかし、リョーマの全身から熱という熱を奪い去った。


「────ッ」


ヒクリと引き攣る呼吸。
悲鳴すら上げられず、全身の四肢という四肢が派手に震えた。
押し退けようとしていた筈の手が、縋るように手塚の服を握り締めて。
戦慄く唇が、救いを乞うた。


「……すけ……て……に……みつ……」


電車内で起きたその恐怖が蘇ったか、今その身を蹂躙する男へと助けを乞う。
混乱を来たしているのだろうその瞳は涙と怯えに彩られ、不安定に揺れて。
フラッシュバックする悍ましい記憶たちに押し潰されんとしている。
押し通さんと肌を嬲っていた手を止め、手塚が幼い容貌を凝視した。


「くに……みつ……たすけ……て……」


悲痛な響きを纏って繰り返される救いの手。
切なげなその言葉が、あまりにも苦しいから。
手塚は舌打ちを零し、攻め立てる指先の撤退を余儀なくする。
震えるリョーマの体を抱き寄せ、彼が贈ったのは羽のようなバードキス。
性的な匂いを纏わぬ、ただ慰撫するばかりの優しいソレ。


「貴様の目の前にいる男は誰だ」


間近な視線を逃さぬように見詰められ、リョーマが一度ビクリと身を竦めた。


「誰だ」


再び、繰り返される問い。
記憶と視界が入り交じる琥珀の瞳が揺れ、目の前の男を見詰める。
硬質な美貌を纏い、切れ長の瞳は迷うことなくリョーマだけを見詰める。
慈悲も優しさも宿さぬその黒曜の瞳は、けれど情愛だけを色濃く宿した雄のもの。
酷薄な唇から吐き出されるリョーマの名は、低く蕩けるような美声によって。
均整の取れた肉体が華奢な体を抱き留めて捕え、その腕に閉じ込める。
見渡した男は、他に似通う者のない美丈夫。
そして、身勝手なまでに情愛を注ぎ込む傍若無人な想い人。


「くに……みつ……?」


滲む視界の中で見付けた恋人の名。
愛しいばかりの文字たちを唇に乗せれば、確かめるように伸ばした手を彼の頬に滑らせた。
けれど、確認に伸ばした手は大きな掌に捕われ、代わりに触れたのは互いの唇。
褒美とばかりに齎された口づけは、温かい。


「……そうだ。間違えるな。俺は手塚国光だ」


僅かに離れた隙間。
与えられた答えに、リョーマの体が緩やかに強張りを解いた。


「この手も」


投げ出された太股に、皮の厚い掌が触れた。


「この口も」


首筋に吸い付く皮膚の感触。


「この体も」


全てが触れ合う程に密着した体。
トクトクと刻まれる鼓動すら感じられる距離。


「全てが、俺だ。間違えるな」


優しさなどなく、ただ傲慢なばかりの命令。
けれど、触れる肌から伝わる労り。
あまりにミスマッチで、違和感を禁じ得ないというのに、それがあまりにも手塚らしすぎて。
今だ微かな震えを繰り返す指先が、男の背へと縋った。


「国光……国光……」


確かめるように繰り返されるその名。
まるで安堵を齎す呪文のようで。
それは太股を滑る指先が湿りを帯びた下着に触れるまで、繰り返された。
情炎は鎮火したものの、名残の残る陰部は今だシットリと濡れて。
スカートもそのままに引き抜かれた下着の下、淡い下生えの中に息づくソレに触れられれば鎮火した焔はいとも容易く再燃の火種を散らした。


「くにみ──あッ」


ビクリと派手に震えた下肢。
胎内に潜り込むリョーマ自身よりも太い指先に、敏感な媚肉がざわめいた。


「あンッ……んっんっ」


潜る指先が探るように身を捩り、騒ぐ肉壁を宥めるように撫でる。
混乱のただ中から抜け切らぬままの展開に、リョーマの脳内は今だ混沌を続けたまま。
しかしそれは先とは意味を別とした類。
ただ、手塚国光という男以外のあらゆる物がリョーマの世界から消失して、彼の挙動が全てと化す。
それは、甘美に過ぎる混乱。
背に回した腕が逞しく広いソコに縋り付く。

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