「ママー!パパー!」
とある日曜日の昼。
ある家から元気な声が響き渡った。
「どうしたの?国成」
ママと呼ばれ、キッチンから顔を出したのは今年21になるリョーマ。
「あまり家の中を走るな。転ぶぞ」
ソファで書類に走らせていた目を上げたのは、今年23になる手塚国光。
そして、先程から二人をパパやママと呼んでいるのが、二人の息子──国成(くになり)。
今年の9月で5歳だ。
容姿はどちらかと言えば手塚似。
だが髪色や性格はリョーマ似だ。
「ねぇママ!パパ!璃緒が起きた!」
「そっか。じゃあ様子見てこなきゃね」
「そうだな。国成。あまり騒ぐな。璃緒が泣く」
エプロンを外しながら苦笑するリョーマに続き、手塚もまた立ち上がる。
早く早くと急かしてくる国成に背を押され、隣室へと向かった。
そこには、大きめのベビーベッド。
部屋に入るなり一目散にベッドに向かう国成に表情を和らげ、二人も続く。
ベッドの中には大きな目をクリクリとさせた赤ん坊。
リョーマと手塚の二人目の子供、璃緒(りお)。
璃緒は産まれた際に標準よりも体重が軽く、また体重が平均値にまで中々増えなかったため一ヶ月程病院にいた。
リョーマの経過は良好だったため一週間程で退院したが、璃緒は一ヶ月後、つまり昨日初めて我が家に足を踏み入れたのだ。
初めて出来た妹に、昨日から国成はベッタリで。
昼食の前に眠ってしまった璃緒の世話を買って出、更に昼を食べ終わると同時に璃緒の元に走っていくほどのご執心ぶり。
これを親として喜ばないはずがない。
「国成、ホント璃緒が好きなんだね」
「あぁ」
喜びを言葉にすれば、同じく穏やかな同意が返ってくる。
短い手を懸命に振る璃緒を眺め、嬉しそうに頬を染める国成。
だがやはりベビーベッドの柵はまだ国成には高いようで。
柵にへばりついて間から覗き込んでいる。
手塚が後ろから国成を抱き上げてやれば、嬉しそうに礼を述べて璃緒に手を延ばす。
「璃緒〜。そろそろおしめ変えよっか」
国成の指を握って見上げている璃緒の頭を優しく撫でてやれば、大きな目がリョーマを映す。
微笑みながらプチプチとボタンを外していけば、国成が自分がやると身を乗り出した。
「ナリがやる!璃緒のおしめナリが変える!」
「国成。璃緒はまだ起きたばっかりだ。また今度だ」
「やりたい!ナリがする!」
ぐずり始めた国成に苦笑し、一旦璃緒から手を離して手塚に抱えられた国成を覗き込む。
「じゃあさ、一個お願いがあるんだ。璃緒いっぱい寝て汗かいちゃってるみたいなんだ。風邪ひいちゃうといけないから着替え持って来てくれる?パパと一緒に」
今にも泣きそうだった顔が、一気に喜色に染まる。
何度もコクコクと頷き、頬を染めながら手塚を見上げた。
「パパ!いこ!」
「あぁ。あまり急ぐな。着替えは逃げないぞ」
苦笑しながら腕を引っ張ってくる国成に連れられ、手塚が二つ隣の部屋へと向かっていく。
クスクスと笑みを零しながら璃緒を抱き上げ、丁寧に服を脱がせていく。
今日の夜には学生時代お馴染みの顔触れが揃う。
手塚と自分の両親は昨日の夜、璃緒と国成に会いにきた。
その際の手塚の祖父の溺愛ぶりといったら。
二人目の曾孫に目尻が下がりっぱなしだった。
勿論国成に対してもデレデレだ。
常に国成を膝に乗せて離さなかったくらいだから、曾孫の力は強しといったものだ。
お互いの父はめでたいとしきりに口にしながら酒を開け、しまいには泥酔して撃沈していたし。
お互いの母は新しい孫が女の子ということで服を大量にプレゼントしてくれた。
さて今晩も慌ただしくなる。
自然綻ぶ頬はそのままに、璃緒の肌にコットンを滑らせて汗を拭き、パタパタと慌ただしい足音が近付いてくるのを聞いた。
☆
「にゃー!かぁわぁいぃーっ!」
「本当だ。目なんか越前そっくりだ」
夜。
夕食前に尋ねて来た中学時代のテニス部黄金メンバーが勢揃いし、璃緒を取り囲む。
手塚の隣にリョーマが座り、その隣に国成。
そしてリョーマの腕の中には璃緒。
パチパチと大きな目を瞬いて不思議そうに取り囲む者たちを見上げていて。
その仕種に先程から菊丸の機嫌は最高潮だ。
「ね、ね、おチビ!抱かせて抱かせて!」
「ダメだ。今の菊丸は抱き潰しかねん」
「ケチーッ!」
「まだ首据わってないっスから。少しテンション下がったら抱かせてあげますよ」
「おチビまでーっ!」
ガーンッと口に出す菊丸にドッと笑いが起こり、大石が慰めにかかる。
中学時代から代わらず続くやりとりの一つだ。
「あ。そろそろ火止めなきゃ。国光、璃緒よろしく」
「あぁ」
調理中の夕食の準備にかかるべく手塚に璃緒を預け、キッチンに向かう。
本当はこちらに来る際に河村が寿司を持って来てくれるとのことだったが、国成もいるので断った。
食あたりを起こす可能性が高いため、5歳の子供に生の魚は禁物だ。
とは言え、今日は人数も多く、更には桃城もいるために量が半端じゃない。
なので無難に鍋だ。
少し季節外れだが、大目に見てもらいたい。
煮込みは十分のはずなので、最後に汁の味見をして火を止める。
流石に一人で持ち切れるものではなかったので、助っ人を呼びにリビングへと戻った。
「国光。鍋運んでくれる?」
「解った。大石。少し璃緒を頼む」
「あぁ」
「ズルーい大石!」
「ほら英二。あんまり騒ぐと璃緒ちゃんが泣いちゃうよ」
騒ぐ菊丸を不二が窘め、大石に抱かれた璃緒をみんなが覗き込む。
「あんまり驚かさないでくださいね!璃緒はまだ赤ちゃんなんですから!」
「お!国成ー。お前も立派な兄ちゃんだな」
「当然です!」
ガシガシと桃城が国成の頭を撫でれば、誇らしげに胸を張る。
その光景が微笑ましくて。
手塚と視線を合わせて笑った。
「みんなー。夕飯出来たっスよー」
「おっ!待ってました!」
嬉々としてこちらを向く桃城は相変わらずというか何と言うか。
「おいテメェ。今日は璃緒と国成の顔見に来たんだろうが。ガッツイてんじゃねぇ」
「んだとコラァ!」
「やんのかコラ!」
そしてこの二人の喧嘩も相変わらずらしい。
「二人ともその辺にしとけ。ここでお前達が喧嘩を始めれば璃緒が泣き出す確率89%だ」
「そうだよ二人とも。あ、テーブルここでいいかな」
「すまんな河村」
喧嘩モードの二人を仲裁した乾の傍らからテーブルを持って来てくれた河村。
流石に四人掛けのテーブルに十人は座れないため、別のテーブルを持って来て貰ったのだ。
「じゃ、食べましょ。大石先輩、有難うございました」
「あぁ」
「本当にもうお母さんだね、越前」
クスクスと楽しげに笑う不二に苦笑して見せれば、隣の手塚が眉間に皺を寄せた。
中学時代から国成が生まれるまでにかけて不二からのアプローチがあからさまだったことをまだ根に持っているらしい。
「ねぇ越前?手塚と喧嘩したらいつでも僕のところにおいで?勿論国成と璃緒も一緒で構わないから」
「余計なお世話だ、不二」
「君には言ってないよ、手塚」
二人が火花を散らすのもまた見慣れた光景だ。
「ママ、ママ」
「ん?何?国成」
クイクイと袖を引かれて振り返れば、国成が首を傾げて不思議顔。
どうしたのかと問い掛ければ、指をとある方向へと向けた。
「アレなぁに?」
「アレ?」
アレの示すものを掴みあぐね、国成の指の先を見れば。
顔が引き攣るのが解った。
「い……乾先輩……まさかそれ……」
「あぁ。越前は子育てと手塚の世話で疲れているだろうと思ってね。あと手塚も働き詰めだろうから。滋養強壮に、スペシャルゴールデンデラックスハイパー乾汁の新作を……」
「「結構(だ)(です)」」
もはや何色とも言い難い毒々しいそれを飲める者はこの世に不二一人しかいないだろう。
声を揃えて一斉に拒絶すれば、『身体にいいのに……』と残念そうにうなだれていた。
と、不意に。
「ふ……ふぇ……うぇぇ……」
「璃緒!どうしたの!?」
唐突に腕の中でぐずり始めた璃緒に国成が飛び付く。
心配そうに目尻を下げるその姿に苦笑し、宥めるように頭を撫でた。
「大丈夫。多分お腹空いたんだと思うから」
「うにゃ?ってことはおチビ、璃緒ちゃんにミルクあげんの?見たい見たーいっ!」
「え……」
嬉々としてせがんでくる菊丸に、反射的に頬が熱を持つ。
そして隣に座る手塚が眉間の皺を深めたのが解った。
「……菊丸」
「にゃ?何?」
「あの……菊丸先輩……璃緒……母乳……なんスけど……」
「へ?」
キョトンと目を丸くした菊丸が、数秒後慌てたように首を振った。
どうやら赤ちゃんの食事イコール哺乳瓶だと思い込んでいたらしい。
「ご!ゴメン!い、今の忘れて!」
「英二……」
呆れたような大石の声に苦笑し、璃緒を抱いて立ち上がった。
賑やかな彼等のことだ。
まだまだ騒がしくなるだろうことは間違いない。
楽しそうな国成と、溜息を吐きながらも満更ではなさそうな手塚を順に見渡して。
クスクスと笑みを零した。
◆◇◆◇
君と僕と貴方と私
四人の暮らす家はとても明るく
穏やかで賑やかな毎日は
まだまだ続くだろう
END
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