けれど億劫げな舌打ちとともに伸ばされた腕は、崩れ落ちたリョーマの体を支える。
強引に引き寄せられた先には、温かな鼓動を奏でる広い胸。
縋り付いたそこは優しくて温かくて。
止まらない涙がフワリと温もりを宿した。
不器用でぞんざいな言い草だけれど、手塚が自ら何処かへ足を向けることなど皆無に等しい。
いつもリョーマや不二に命じて伝えさせるか、メールを送らせる。
そんな男が自らリョーマの部屋まで足を運んだ。
それは男なりの、彼にしか出来ない不器用な優しさだと知っている。
温かな腕に包まれれば、胸に凍えた恐怖がフンワリと溶けていく。
手塚さえいれば胸が温かくなった。
愛おしいばかりの温もりに包まれて、流れる涙が手塚の胸を濡らす。
頭上で舌打ちが聞こえ、強引に唇を奪われた。
涙は、その役割を終えた。
もう、怖くない。


「ありがとう……ございます」


泣き笑いのままに感謝を告げれば、背を壁に覆われた。
そして追い詰めるように奪われる。
真っ白になるほど、熱く、強く。
縋る腕に力を篭めれば、微かな衣擦れの音。
溢れ返る愛おしさ。


──あの子も……こんなふうになれる人が欲しかったのかな……


忌まわしき風習に閉ざされた家で、寂しげに鞠を突く子供。
家族も知人も全てが面と化したあの空虚な森の中で、たった一人。
寂しかったのかもしれない。
誰かの温もりが欲しかったのかもしれない。
──今となってはもう、抱きしめてあげることは出来ないけれど。


「はぁ……ン」


漏れた吐息とともに力を放棄した膝。
カクリと床に向かった体が、逞しい腕に囚われる。
そして抱え上げられた先で、移動する景色。
向かっているのはきっと、手塚に宛がわれた部屋。
溶け出した恐怖とは異なる雫が頬を伝い、持ち上げた腕を首に絡めた。
あの子に、ゴメンねと。
彼に、有難うと。
震えた肩に気付かないはずがないのに、手塚の視線は前を見据えたまま。
そうしてたどり着いた先。
放り投げられたベッドの上で、涙に濡れた瞳が──フワリと綻んだ。






降ってくる唇に恐怖は塗り潰され。
ただ、優しく愛しい人へ。
溢れるばかりの愛おしさを。
願わくは、あの子も無二の幸せを掴まん事を────。






◆◇◆◇






──リィン

 ──リィン


歩く度に鳴る鈴。
居場所を知らせる不可視の首輪。


──リン

 ──リン

  ──リン

   ──リン


追い掛ける鈴。
追い掛ける松明。
走っても走っても追い掛けてくる。
女がおもね様になった。
男がおもね様になった。
赤帯がいない。
ツラナシもいない。
ツラナシは僕。
逃げて逃げて逃げて逃げて。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。


──リン

 ──リン

  ──リン


追い掛ける鈴。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
みんなが追い掛けて来る。
僕の腕が捕まった。
足も捕まった。
引きずり込まれた。
おもね様の祭壇に。
狐が睨んでる。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
大人の手を振り払って逃げた。
赤帯が逃げた。
ツラナシまで逃げればおもね様が怒る。
また捕まった。
大人たちが取り囲む。
兄ちゃんが見えた。
兄ちゃんが鉈を持ってた。
バァちゃんが鋸を持ってた。
顎に兄ちゃんの手が触った。
見上げたら大人たちの向こうに、僕の部屋が見えた。
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けてたすけ────


『いぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』


僕の顔が、ホントの“面無”になった。
僕の部屋に僕が飛んだ。
兄ちゃんの顔が半分赤くなって。
笑ってた。


『次のおもね様が出来るまで、お前がおもね様だよ。和浩』


──次のおもね様まで。






おもね様が怒った。
赤帯がいない。
失敗。
兄ちゃんもバァちゃんもカヨも。
みんなみんなおもね様。
新しいおもね様。
もういない。




『オイデ……オイデ……』




早くおいで。
次のおもね様。
いないなら、連れて来るよ。
だから怒らないでおもね様。
男も女も赤帯も連れて来るよ。
綺麗な綺麗なツラナシ。
連れて来るよ。






ほぅラ キた……────。






『ォ……かエ……り……オね……ちャン』






-END-





→後書キ

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