「だが手塚なら道を壊さずに肉付きの面を引きずり出せる。だから手塚でなければ駄目だと言ったんだよ」

「……な……何故かと問うても……我々の理解しうる答えは返って来るのか?」


苦悩の中から搾り出される真田の問い。
だから何故手塚なのか。
オカルト一直線な二人の説明は現実主義者の範疇を遥かに超えている。
普通ならば精神を疑うほどに奇怪な事を語ってくれているのだが。
何故だろうか。
幸村と不二が言えば途端に妙な信憑性を感じるのは。
──それは過去に二人が実際の妖怪やら幽霊やら魔王やらと会話なんぞかましてくれたせいかもしれない(学園編2参照)
恐る恐るとした真田に、幸村はいっそ朗らかなほど。
キラキラしいまでの笑顔が真田の疑念を出迎えてくれた。
そして、一言。


「決まっているじゃないか。手塚が幽霊やら妖怪からものスッッッッッッッッッゴク!嫌われてるからだよ。それこそゴキブリ並にな」

「手塚が近くに来ただけで妖怪とか幽霊とか光速で逃げ出してくからねぇ。もうアレだよ。視界に入れるのも悍ましいってヤツ。妖怪にすら嫌われるとか、もう救いようないよね」

「……………」


何だろう。
幸村と不二が輝いている。
とてつもなく爽やかで楽しげだ。
聞くのではなかった。
力無く俯垂れた真田が額を覆い、哀れみとともに柳の手がその肩を叩いた。


「……貴様ら……」

「何怒ってるの?手塚。今更じゃない」

「そうだぞ。お前など好き好む奴のほうが世の中少ないんだ。むしろそれだけのものに嫌われる事ができるなど、いっそ才能だ。誇っていい事だ」


怜悧な鳶色の瞳がスッと細められ、低い唸りをあげるが幸村と不二は至極楽しげ。
いけしゃあしゃあと悪口を並べ立てては、ソレを誇れとまで宣う。
ブチッと野太くも脆い糸のぶち切れる音が、何処からか響いた気がした。


「……あの世に還してくれる」

「えー僕たちの故郷ソッチじゃなくて魔界だもん。あの世はお隣さん。ねー?ユッキー」

「あぁ。ご近所付き合いは魔界もあの世も同じ……っと!危ないな」

「死ね」


幸村と不二に向け、銃を連射連射連射。
けれどしがみつくリョーマを離さない辺りは、流石は手塚。
狭い室内に弾丸をぶち込む手塚を、朗らかに笑いながら躱す手塚的異世界人二匹。


「肉付きの面などより、奴らのほうが余程恐ろしげに思えるのは俺だけか?」

「安心しぃ。俺も自分に一票や」


戦場と化した跡部家リビング。
いち早くその片隅に避難した柳と白石が常と変わらぬ面持ちの元に切実な心中を語り合った。


「ッッッ!!!!テメェら人様ンちで暴れんじゃねぇーッ!!!!」


そして家主の叫びは華麗な無視に合うのであった。













騒がしい喧騒が漸く治まり、各々が宛がわれた客室に撤収したのはあの銃撃戦から一時間後の事。
三人に文句やら青筋やらを撒き散らした後、漸く跡部が撤収したのは更にその三十分後。
違う意味での疲労にこめかみを揉みながらリビングを後にする。
そして、その自室に戻る道すがら。
見知った顔が傍らを過ぎ去った事で跡部がその足を止めた。


「おい高村!」

「はい」


呼び止めるべく発された声は怒声と呼ぶに遜色なく。
名指しされた使用人──高村がその足を止め、主人へと向き直った。
呼び止めた主人はといえば忿懣やる方なしとばかりに瞳を怒りに染めており、高村はただ首を傾げた。


「テメェ!一昨日何処行ってやがった!」

「一昨日……?」


胸倉を掴み上げる跡部へ、鸚鵡返しに高村が繰り返す。
一昨日。
そう一昨日だ。


「テメェさえいなくならなけりゃなぁ!」


一昨日のエンストが、全ての始まり。
あれさえなければあのような怪異に見舞われる事もなかった。
そしてその車を運転していたのが──この高村。
エンストとともに忽然と消え失せた、その高村だ。
跡部の剣幕に目を白黒させる高村が、困惑とともに眉を垂らす。
憤怒に燃える跡部の手が、ギリと更に強まった。
妙な理由であったならタダではおかないと、言外に篭めながら。
しかし──。


「一昨日でしたら前日から妻とともに実家に帰っておりましたが……」

「あぁ!?」


高村から返った答えは、予想だにせぬものだった。
目を見開く跡部が驚愕を示し、間の抜けた声を上げたのも当然なのかもしれない。


「デタラメぬかしてんじゃねぇぞテメェ!俺様たちは──」

「いいえ坊ちゃま。高村はその日、前日お暇をいただいておりました。昨日の昼ごろに屋敷に戻り、ご実家の土産物までご持参してございます」


怒声を張り上げかけた跡部を、嗄れた声が遮った。
口髭を蓄えた初老の男が慇懃に頭を下げ、跡部の前に進み出る。
ジィ、と呟く跡部に初老人が再び深々と会釈した。
跡部家最古参の執事。
高村の胸倉を捉える跡部の手をやんわりと引きはがした初老人こそが、跡部家の使用人を取り纏める執事だ。
そして使用人の誰より信頼の厚い執事が言う、高村の行動証明。
それは如何な者たちが口を揃えるよりも確かな信憑性を携えたものだった。


「このジィ、一昨日の朝より昨日の昼まで一度たりとて高村の姿を見てはおりませぬ。土産として持ち込まれました品も本人が買い求めた物であると確認されております。高村の実家は山口。とても小細工を出来る距離とは言えますまい」


跡部家のしきたりとして、跡部家の人間に渡る食材はその経緯を徹底的に調査される。
一般家庭にしてはやり過ぎかと思われるがちだが、それが跡部家が存続してこれた所以だ。
世界有数の財閥家である跡部家は妙な輩に目を付けられやすい。
であればこそ、使用人の持ち込んだ好意といえども──否、だからこそ主人の口に入るものは出所から製造過程に至るまでを徹底的に調査される。
平和な世になったとはいえ、油断は最悪の事態を招く。
それはどんな時代にも変わらぬ摂理だ。
故に執事は言う。
高村の証言は嘘偽りのないものであるのだと。


「……じゃあ……俺様たちを乗せてた奴は……──」


誰だったんだ?
背筋を走り抜けた薄ら寒さに、跡部の口がそれ以上の言及を告げることは──なかった。













緩やかな明かりを投げ掛けるシャンデリア。
柔らかな羽毛を抱いたシルクのベッド。
艶やかな布を垂らす天蓋。
まるで何処ぞの王国貴族さながらの様相を醸す部屋。
調度品までが艶やかなその部屋には、少女が一人。


「…………」


柔らかなベッドに腰掛け、俯く。
黙した瞳は揺れ、甘やかな黒髪が微かにサラリと零れた。
震えるように持ち上げられた手が、柔らかな耳を覆う。
皆が集まっての喧騒の中では薄らいでいた感覚が、ジワリジワリと腹の底を侵食するようで。
聞いてはいけないあの音が、聞こえてくる気がして。


──リィン


涼やかで悍ましい、あの鈴の音が。
あの恐ろしい奇怪な叫びが。


「っ……」


ジワリと滲んだ涙。
一人になると途端に振り返す抗い難い恐怖。


『お姉ちゃん』


切なげに響く面越しの声。
いったいあの子が何者なのか。
何故自分を選んだのか。
何故あんな所にいるのか。
何故あんな面を着けていたのか。
リョーマには、何一つ理解出来ない。
塞いだ耳の内側から聞こえる、涼やかな音。
打ち消したくて、聞きたくなくて。
何度も音を拒絶しようと頭を振るった。
けれど脳から鼓膜へ直接ひびくようなソレは、いつまでも鳴り止まない。


「や……いや……」


パサパサと髪が音をたてるけれど、記憶の音を掻き消してはくれなかった。
浮かんだ涙が幾つも幾つも頬を滑るけれど、くぐもった声を洗い流してはくれなかった。
何をしようと消えない音。
けれど。


「おい。バカ女」

「っ!」


唐突な無礼極まる呼び声に、顔を弾き上げた。
乱れた髪が漸く背へとその身を落ち着ける。
見上げた先には、入口に寄り掛かる男。


「てづ……か……さん……」

「来い」


組んだ腕の上で顎をしゃくる。
ぞんざいなその仕種ただ一つで、手塚の背が浮いた。
至極短い単語を一言口にしたのみで歩き出す背中。
用件は済んだとばかりの横暴な背中が、ジンワリと滲む。


「ッ!」


言葉にならない声とともに、広い背へと飛び込んだ。
大きな背はそれでも微塵も揺らぐことなくリョーマを受け止める。


「邪魔だ。バカ女が」


唾棄する言葉が降り注ぐのに、手塚の脚はソレを裏切って立ち止まる。
リョーマが、泣き崩れたから。
本当に邪魔だと思ったなら、手塚は躊躇いなくリョーマを振り払うだろう。

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