それを聞いた直後に激しい頭痛に襲われ、そのまま昏倒。
次に目を覚ました時にはあの狭い部屋で狐面に怯えるリョーマがいたのだという。


「なるほど?じゃあこの唄の意味、わかる?」

「そんなん知るわけないやろ」

「正直、唄を聞いた際の意識も朦朧としていましたもので」


唄を聞いたのならばと意味を問うて見れば異口同音の否定。
不二の口が「やっぱり……」と予想通りの結論に肩を竦める。
元より大した期待はしていなかったためさしたる落胆は伴わなかったが、かと言って全く期待していなかったと言えば嘘だ。
二人の返答を受け取った不二の後方で、幸村がリョーマを振り仰ぐ。
温和な微笑みが視線で不二と同様の問いを投げ掛け、答えを求めて緩やかに小首が傾けられる。
が、返ってきたのは哀しげに眉を落とした否。
ゆるゆると振られた頭が、フワフワと黒髪を揺らしては滑らかな背へと収まった。
直接聞いた者にも判然とせぬわらべ唄──否、柳生の言葉を信じるならば手鞠唄だろうか。
あのような奇異な体験を強いられた原因を知るに、有力な手掛かりだと思ったのだが。
解らないのならば仕方がない。
諦観とともに肩を竦めた不二に、苦笑を零す幸村が同意を示した。
しかし、そこで終わらないのがキングダムがキングダムたる所以だ。


「訳ならもう調べちょるぜよ」


諦めも色濃く落胆に肩を落とす室内に、朗々と響く独特の言い回し。
次いでカタカタと聞こえるタッチ音。
示し合わせるでもなく集まった視線たちに、仁王がニヤリと悪辣な笑みを上らせた。


「流石は仁王だ。仕事が早いな」

「プピーナ」


諦観からの救いの手。
賛辞を口にした幸村に、仁王の口角が吊り上がる。
そしてその指がマウスを滑らせ、カチリと微かな鳴き声を上げた。


「まずは一番の歌詞なり」


前口上とともにスクリーンの画面が切り替わった。


「一晩、二晩とご機嫌を伺い、あの世とこの世を結ぶ橋を見つけなさい。赤帯を引き裂けばおもねる事が出来る。赤帯を逃がせばおもねる事は出来ないだろう」


映し出された映像に連なる文字。
特徴的な声が、淡々と文字列を追っていく。


「次、二番。川辺に女が袖を隠す。あの世の岸に寄り添うのは赤帯だ。赴いて来る災いは打ち潰せ。赴いて来る幸福は売り捌け」


五段ほど上部の文字がスクリーンの裏に消え、新たな文字が下から競り上がる。
そして読み上げられた、二番。
また、スクロール。


「三番。男の腹にはこの世の華が咲く。赤帯が逆らえば災いが来る。赴いてくる災いはコチラを伺っている。赴いてくる幸福は皆がおもねとなる事だ」


そして、新たにまみえた文字列が読み上げられる。
最後、三番。
現代語訳された手鞠唄の下には空白が広がり、文字列が存在しないことを教えた。


「以上ナリ」

「……成る程な。各唄の頭に唄われている『おもね』とは河萩家の崇めるおもね様の事かい?」

「恐らくな」


聞き終えるや沈思する幸村が仁王を仰げば、その指が再び軽やかにキーボードを叩く。
新たな画面が映し出され、手鞠唄の解説文章らしきものが表示された。
そこには幸村のいう各唄の頭の『おもね』についてが記されており、見解は幸村の物とほぼ同じ物だった。


「せやけど赤帯てなんなん?エライ出てきよるけど」


訳を聞き、解説を流し読みながら疑念を口にしたのは白石。
幾度となく唄に語られる『赤帯』の言葉。
普通に考えれば単なる赤い帯ではあるのだが、こうも連続で唄われているとなると些か気に掛かるというもの。
額に掛かる前髪を付いた肘の上で弄る白石が、合間から仁王へと視線を投げた。


「赤帯……赤帯……お、あったぜよ」


白石の視線を汲み、仁王の指がキーボードを滑る。
カタリと鳴いた後、その手が止まりキーボードからマウスへと移った。


「赤帯……。儀式には男と女、それぞれの贄が必要とされる。その一対の贄とは別に送られる水先案内人のような役割が、赤帯。赤帯と定められた者は全身の皮を剥がれ、腹を裂き内腑を抜き取り性器を切断されたのだという。赤帯と呼ばれた所以は定かではないが、選定の際に行われた残虐極まるその光景が由来ではないかと推測される……」


『赤帯』の検索結果を淡々と読み進める仁王の朗読。
肌理細やかなリョーマの肌がみるみる蒼白に染まっていき、終いには紙のよう。
手塚の身にクッタリと寄り掛かる様は、どうやら『赤帯』の凄惨さが刺激的に過ぎたらしい。
死体を見慣れた──というのもおかしな話ではあるが──キングダムの面々の数名ですら陰惨な光景を思い描き、顔を歪めた程なのだから無理もない。


「……つまりアレか。俺と柳生は皮剥がれて腹かっ捌かれた上にナニまで切られてまうトコやったんか」

「…………想像したくもありませんが……そのようですね」


ボソリと零れた忍足の呟きを拾い上げた柳生が、眼鏡を押し上げる。
その頬が些か血の気が失せているように見えるのは、恐らく気のせいではないだろう。
何しろあの狐の面は言ったのだ。
二人が目を覚まし、リョーマを庇った時に。
『おのれ……赤帯如きが……』と。
それはつまり、あの場から逃げ出す事が出来ていなければ赤帯として陰惨極まる目に合わされていたわけで。
引き攣った笑いが忍足の口端を不自然に数度吊り上げ、自慢の美貌が無惨に崩れていた。


「随分と素晴らしい文化の根付いた村だな」

「仕方ないんじゃない?今までの話を総合すると、“おもね様”っていうのは肉付きの面の事みたいだし。妖怪を神様って崇めちゃってた家だからね」


スクリーンを睥睨する幸村の口元には侮蔑の嘲笑。
応えた不二が苦笑とともに椅子の上で脚を組み替えた。


「時に幸村。一つ疑念があるのだが……よいか」

「なんだ、真田」


と、優美な目元を侮蔑に細める背へ、深みのある響きが問いを乞う。
スクリーンから視線を僅かに逸らした幸村が声の主を認めれば、旧友にして幸村自身の補佐を勤める真田が僅かな困惑を浮かべて難しげな顔。
武士然とした佇まいの男が思案げに顎に指を添え、優美な容貌を正面に据えた。


「越前を救う際に何やら不二と押し問答を演じていたが……。何故あの時手塚でなければならなんだ。俺や白石でも出来た事だとは思うのだが……お前の口ぶりから察するに手塚でなければならぬと受け取れた。なに故だ?」


真田が示すあの時とは恐らく、リョーマを助けるためにと小部屋のドアを手塚に蹴破らせた時の事だろう。
あの時、不二は幸村の暴挙に血相を変えた。
鬼気迫るその様相が止めに入る様を横目に、幸村は断言したのだ。
『手塚“なら”大丈夫だ』と。


「あぁ。アレか」


真田の疑念に思い至り、幸村の喉がクスクスと震える。
不二を伺い見てみれば呆れとも感服とも取れる様で肩を竦めて見せた。
ますますに暈を増した疑念に真田の眉が跳ねれば、幸村が笑いを噛み殺したのが解った。


「あの時点ではな、あの部屋にはなにもなかったんだ。だから蹴破ってもらったんだよ。他の誰でもない、手塚にな」

「?……スマンが、意図を測りかねる」

「まぁ普通はそうだよねぇ」


幸村の返答は、些か理解しかねる類。
更なる困惑に眉間を険しめた真田へは不二の苦笑が手向けられた。


「つまり姫とオマケ二人──」

「我々はオマケですか」

「敵わんなぁ」

「──がいたのはあの部屋であってあの部屋じゃない。まぁ解りやすく言えば……あの世に片足入り込んでいた、ということだな」

「……は?」


幸村の扱いに不平を漏らした二人を華麗に流し、続けられた言葉はまたもやおかしな発言で。
厳格な真田の容貌が間抜けに見開かれた。


「正確にはアッチとコッチの間かな?ここであってここじゃない二次世界って言えばいいのかな?」

「あの世で十分じゃないか?事実あそこは肉付きの面の庭だ。言ってしまえばヤツ専用の食堂だろう?」

「うーん……まぁそうだね。食われたらどの道あの世行きだからあながち間違いじゃないか」


訳知り顔で議論する二人。
けれど問い掛けた側からすれば何が何だか、だ。
そんな周囲を知ってか知らずか、爽やかなまでの微笑みが真田へと向かう。


「まぁそういうわけでな。普通の奴があのドアをぶち破ってしまうとアチラとの道が壊れてしまってね。三人が戻ってこれなくなってしまうんだ」

「あぁみんな混乱してるね?纏めると、他の人がドアを壊してたら三人はあそこから一生出れなくなっちゃってたって事。だから僕必死で止めてたの」


幸村の説明を簡潔に説明してくれているらしい不二。
が、しかし。
面々の頭は混乱を極めるばかりだ。

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