「結局、アレはなんだったんだ?」


麗らかな晴天の中。
香ばしい紅茶の香りが満ちる室内に、柳の疑念が降った。
向けられた問いは、幸村と不二へ。
そしてその問いは無論、昨日の奇怪な出来事を指している。
結局昨日は手塚の機転と運転テクにより無事帰還。
跡部邸へと帰り着いたのは、朝方の四時。
河萩家を発ったのは午前五時過ぎであったにも関わらず、だ。
しかし疑念は残れどあまりに奇異な体験をした体は一様に疲労を訴え、事の次第を確認する事もなく昨夜は全員が泥のようにベッドへと倒れ込んだ。
そして一夜明けた今。
詰み上がる疑念を解決すべく柳が口火を切ったのである。


「あぁ……アレかい?」


柳のみならず手塚やリョーマまでもが説明を求めて視線を向ければ、幸村の唇がカップを離れた。
優美な美貌は幾らか憔悴が見え隠れするが、浮かぶ微笑は穏やか。
カチャリと、幸村の指先からカップが離れた。


「“肉剥ぎの面”……いや、“肉付きの面”と言ったほうが解りやすいだろうな」

「肉付きの面?なんやそれ」


聞き慣れない単語が幸村の口からこぼれ落ち、白石がその端正な顔を傾ける。
疑問符を頭上に浮かべる他数名が説明を求めて再び視線を向ければ、不二が苦笑に破顔した。


「日本の昔話の一つでね。信仰心の強い息子夫婦を懲らしめようとした姑が、般若の面を被って嫁を脅したらその面が外れなくなっちゃったっていう逸話があるんだ」


その際、無理に引きはがそうとした姑の肉や毛髪が面の内側にこびりついてしまった。
それが元で外れない面の事を“肉付きの面”と呼ぶのだと。


「それがあの狐の面だったってか?」

「あぁ。肉付きの面は定められた条件を満たさなければ絶対に外れない。その条件も面によって様々だ」

「今回その面に魅入られちゃったのが、リョーマちゃんだったってわけだね」


不二の苦笑に、リョーマの肩が派手に跳ね上がった。
傍らの手塚の腕に縋り付き、小さな身をフルフルと震わせる様は──不謹慎ではあるが──なんとも愛らしい。


「迷惑な話だな」

「まったくだ」

「けど今考えればあの集落、ホントにやばい所だったね」


柳の感想に首肯した幸村に続き、不二が苦笑。
香ばしい香りを楽しみながら紅茶を堪能すれば、優美な美貌の眉尻が垂れ下がった。


「だってアソコにいた奴ら、みぃんな食われてたし」

「あぁ。所謂幽霊屋敷だったな」

「え……」


あっけらかんと苦笑する不二と幸村。
談笑というに遜色ない声音はしかし、聞き捨てならない台詞を吐いている。


「ちょ……どッ……なんやって?」

「だから。あそこで会ったあの悪趣味な成金コンビ以外はみぃんな幽霊。死んでる人」

「更に言えば肉付きの面に食われて面にされた元・人間、だな」


サラリと答える二人に、跡部たちの頭を痛みが襲った。
直也や嘉代子、キヨまでもが幽霊だったのだと、二人は言う。
しかし、超現実主義者(リアリスト)の集まりである面々には、理解しがたい事象だった。
けれど、それは図らずも事実と知れる。
他でもない、科学によって。


「……おい。河萩家のデータ、上がったぜよ」

「映せ」


目を覚ましてからコチラ、パソコンと睨み合っていた仁王が顔をあげた。
その顔に渋面を貼り付けて。
手塚が短い命令を下せば、巨大スクリーンがパソコンのデータを映し出した。


「河萩家……。その名の由来は江戸初期、独自の崇める守り神の儀式の為に村人の顔の“皮”を“剥ぎ”取っていた事に起因する」


仁王の口が、無感動な様でデータを読み上げる。
しかし、データを目にした面々は一様に顔色を失わざるを得ない。
河萩……読みは“コウギ”であったが、その別読みは──“カワハギ”だ。


「河萩家が崇める守り神は“おもね様”と呼ばれ、その詳細は不明。当の河萩家は明治初期に断絶。その死因、詳細ともに不明」


プロジェクターによって映し出された画面には、河萩家の末路が淡々と綴られている。
河萩家には当時、頭首とその孫が一人。
その二人と、家政婦の一人が突然に謎の死を遂げたとか。
誰かが乾いた笑いを零したのが聞こえた。


「河萩家が頭首を勤めた村については謎が多く、資料不足。しかし河萩家には独自のわらべ唄が存在し、その内容から儀式と何らかの関わりがあるとみて以降、調査を継続する。……だそうナリ」

「……マジかよ」


映し出され、読み上げられた資料が語る有り得ない事実。
河萩家が明治初期に断絶。
ならばあの時キングダムの面々を招き入れてくれたのはいったい誰だったというのか。
泊まった場所はいったい何処だったのだ。
空を仰いだり額を抑えたりと現実逃避を試みる人間が、図らずも五人はいた。


「それで?わらべ唄とは?」

「あぁ。これぜよ」


明後日に視線をくれる者たちを綺麗に視界から削除し、幸村が先を促す。
腕に縋るリョーマをそのままに脚を組み替えた手塚もまた、幸村と同色の視線をくれた。
学園最強──災凶──と謳われた二人の催促に、仁王の指が軽やかに踊る。
そして映し出されたのは一枚の画像。
そこに描かれていたのは、古臭い紙に筆によって綴られた古臭い隷書体(文字と文字が繋がった文字)。
紙は端々が風化して崩れており、紙面自体も黄色く変色している。
しかし重要であるのは勿論、紙の様相などではない。


「随分と読みにくいな……」

「なになに?お……もねおもね?一夜にニヤ?フタヤ?の……おもね……くわ……あーダメ読めない」


紙に綴られた文字を読もうと瞳を細めた幸村と不二が画面を睨むが、随分と古い物なのだろう。
文字はところどころが掠れており、読み取る事は非常に困難な物だった。
殊、現物ではなく画像なのだからその難易度は格段に跳ね上がる。
唸りながらスクリーンを睨む二人に、直接パソコンを見せてやろうかと仁王が口を開いた。
しかし、それは音を伴う事なく閉じられる事となる。
唐突に聞こえた、わらべ唄の旋律によって。


「おもね おもね
ひとよにふたやのおもねくは
かのき と このき のむすびばし
あかおび ひいたら おもねくぞ
あかおび やいたら おもならぬ」


その場に集う者の誰もが、端正なその容貌を驚愕に染めた。
悍ましい体験を強いたあの河萩家に伝わるというわらべ唄が、室内に響き渡る。
緩やかな音階を紡ぐのは──。


「おもね おもね
かわべにかかぁのかくれそで
このき に はべるは あかおびぞ
おもねく まがもの うちやらで
おもねく さきもの うっちゃられ」


手塚の腕に縋り、身を震わせていた──リョーマだった。


「おもね おもね
たたぁのおんもにこのきばな
あかおび ないたら まがいどき
おもねく まがとき おもねるぞ
おもねく さきもの みなおもね」


何処か懐かしさを覚える旋律。
ゆっくりと唇を閉じたリョーマが、手塚へと回した腕を強めた。


「ひ……姫……。何故その唄を……」


読み解くことの出来なかった画像を前に、幸村が驚愕を吐く。
歌詞を読み取れたからじゃない。
なぜリョーマが音階までもを完全に知りえているのか。
誰ひとりとして知らないそれを。
リョーマの瞳が一度揺らぎ、手塚に縋る腕を強める。
そうしてゆっくりと伏せられた瞳の下、薄紅の唇が微かに震えた。


「……夢……で……」

「夢?」

「狐のお面を着けた子供が……唄ってたんです」


言い淀む唇が告げた、“狐”の言葉。
サッと幾人もの容貌が青褪めた。


「狐……だと……?」


震えかけた喉を抑制して尚、言葉を発した跡部の動揺は音として顕著に主張。
同様に目を見開いた面々もまた、リョーマを凝視した。


「あー……っちゅうか俺もそんなん聞いた気ィするで」

「私もです」

「アーン?」

「おまんもかヒロ」


凍りついた空気の中、暢気なまでの声が名乗り出、その手を挙げる。
次いで、もう一人。
忍足と柳生だ。


「そういえば君達何処にいたの?一応捜してあげたんだよ?」

「俺かてよう解らんわ。女の死体解剖して、ほな帰ろかーっちゅう時に……」

「あのわらべ唄が聞こえてきたんです。まぁ我々が聞いた時には鞠の音もしましたから、本来は手鞠唄なのかもしれませんが」

「したら急に頭割れそんなって。気ィ付いたらあのちンまい部屋に転がっとったんや」


忍足と柳生曰く、解剖に使ったのはあの面だらけの狭い部屋の向かいだったらしい。
八畳ほどの部屋で作業をし、そろそろ皆と合流しようかと立ち上がった直後。
例のわらべ唄──手鞠唄が聞こえてきたらしい。

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