新たな弾を詰めたマガジンを装填する指先とともに、発された呼び声は僅か後方を走る男へ。
ぞんざいな返答で応える跡部が走る足を早め、手塚へと並んだ。


「鍵を寄越せ」

「あぁ?鍵?」


振り向く事なく発された弾丸とともに、手塚が告げたのは想定外のもの。
怪訝に眉を寄せた跡部が声音を高めたが、直後、フと思い至る。
河萩家に赴く直前、此処までに使用した車の鍵を懐へ納めた事を。
浴衣へと着替えた際にもしっかりと持ち替えた事を。
走る脚はそのままに跡部の手が浴衣の懐を探れば、案の定硬い感触。
手塚へ向けて放れば、銃を持つ手で器用にそれが受け止められた。


「そんなもんなにに──」

「乗れ!」


跡部の疑念が紡がれるより早く。
手塚が怒号を吐く。
面へと向いていた幾つもの視線と跡部が手塚の視線──その先を見遣る。
降りしきる雨が木々や草に弾かれ靄を生み、日の差さぬソコは一寸先すらも見通す事が出来ない。
けれど、手塚の見据える先にある物は誰の目にも見留める事が出来た。
それは願望や幻などではなく。
うなだれた木々や草の中に、ポツリと佇む黒塗り。


「……車!」


唐突なエンストによって離れた、近代技術の申し子。
数時間前に置き去りにしたソレが、前方にその姿を見せていた。
歓喜を吐いた幸村が足を早める。
次いで続く柳、真田、忍足、仁王、柳生、白石、不二。
先頭を走る手塚が車へと走り寄り運転席を開け放てば、後続の面々が後部座席へと身を滑り込ませた。
手塚の腕で正体を失っていたリョーマが助手席に放られ、手塚の手がエンジンを回す。
巨大な震えを示した黒塗りの巨獣が、その目を開いた。


「お前免許──」

「舌を噛みたくなければ黙ってろ」


跡部の抗議を遮り、手塚の手がギアを操った。
途端、甲高い悲鳴とともに走り出す獣。
手塚の腕がハンドルを一気に切り上げる。
ギャギャギャッと鳴き声を上げたタイヤが土を蹴散らし、その身を反転。
再び手塚がギアを操れば、巨獣の体が風を切った。


「ど……ドリフト……」

「なんでもアリやの……アイツ」


急激な発進と衝撃に座席にしがみついた面々が、引き攣った笑みを零した。
発進から急速を見せ付ける車が、唸りを上げる。
窓を覗き見れば、面の群れは既に蜂の群れ程度まで遠く。
僅か数秒でこれではいったい今何キロ出ているというのか。
考えたくもない。
逃れきったと安堵するには早けれど、乱れた吐息を深々と吐き出したのは紛れも無い疲労からだ。
規則的な振動を齎す車の中、誰ともなく座席へと埋もれた。




act.5
-END-


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