「ねぇちょっと!リョーマちゃん何処にもいないよ!?」

「どういう事ぜよ」

「よもやこの嵐の中外へ赴いたのでは……」

「まさか。それは有り得んだろう。考えられるのは隠し部屋や屋根裏……辺りか」

「どうなってんだクソッ!」


行き交う疑念と焦燥。
不二と柳が忍足と柳生の捜索から戻った直後、それまで眠っていたはずのリョーマが唐突に走り去った。
すぐに総出で捜索に出たメンバーだったが、どうした事かリョーマの姿は何処にもない。
広い屋敷と言えども五人で探せば見落とすことなどないはずだ。
にも関わらず、姿はどこにも見受けられず。
──むしろいる筈の河萩家の人間すら、どこにも見当たらない。


「もう何なの!?さっきから鳥肌止まんないし」


爪を噛み苛立ちを表す不二の左手が右袖の内側を摩る。
白い肌にプツプツと浮き立つ粟が、不二の掌に触れては消えた。


「…………まずいな」


ポツリと零されたは、不穏な文字。
額を突き合わせる面々が、一斉に声の主を追った。


「……捕まってしまったようだ」

「捕まる……?ってちょっと幸村!まさか……」


苦渋を浮かべる幸村が、唇を噛み締める。
握られた拳が見せる、微かな震え。
常に飄々とした風情を欠かない幸村の、異様な姿。
顔色を変えたのは、不二だった。
蒼い瞳を見開き、幸村を凝視すれば返る首肯。
戦慄とともに言葉を失う不二が、息を呑んだのが解った。


「おい!なんだってんだ!」


二人の間だけで交わされる会話に耐え兼ね、声を荒げたのは跡部。
しかし追随する三つの頷きは跡部と意見を同じく、爪弾きにあった柳、真田、仁王のもの。
説明を求める四人が幸村と不二を睨むが、二人同じく唇を噛んだまま沈黙。
幸村が見上げた先には、柱にかかる時計と数多の面。


「また……増やす気なんだろう……奴らは……」

「そんなこと……僕が許さないよ」

「そうだな」


押し込めた声音を操り、幸村と不二が立ち上がる。
優美な瞳を苛烈に染めて。


「行こうか。姫たちの元へ」

「急ごう」


説明も何も齎さぬまま。
二人の背が襖を潜る。
慌てて後を追う四人も襖を潜り抜け、廊下へと赴いた。
残るは、一人。


「……くだらん」


壁に一瞥を突き刺し、ゆっくりと歩み出す手塚。
後ろ手にパタリと締められた襖が、遠ざかる足音を教える。
カタリと、面が揺れた。













──ピチャリ


頬を叩く液体に、瞼がフルリと覚醒を促した。


「ん……」


微かな声とともに、ゆるりとその姿を見せる琥珀。
長い睫毛に縁取られた瞼が、フワリと一度大きく瞬いた。


「……え……?」


ゆっくりと開いた視界に映り込んだのは──面。
床一面を埋め尽くす、大量の面の海。


「な……に……?」


横たわっていた体を引き起こし、周囲を見渡す。
二畳ほどの酷く狭い空間。
その中心に茣蓙(ござ)が敷かれ、リョーマの体はその上に横たわっていた。
そして、その茣蓙を覗く全ての床一面が──面。
笑面、哀面、怒面。
様々な表情に象られた木彫りの面が床を埋め尽くす、異様な光景。
よくよく見てみれば枕元と足元には蝋燭が二本ずつ点り、狭い室内を薄ぼんやりと照らしていた。
そしてその奥には──。


「忍足……さん?柳生さん……?」


面の上、無造作に転がされるがままの見知った二人の男。
恐る恐ると名を呼んでみるが、反応はない。
積み重なる面の上、四肢を投げ出す二人の顔はよく見えない。
具合でも悪いのだろうか。
何かあったのだろうか。
懸念と疑念に眉尻を垂れ下げ、二人の元へ向かおうと身を起こした。


『おもね おもね』

「ッ!」


ビクンッと華奢な肩が跳ね上がった。
上半身だけを持ち上げたまま、リョーマの体が鉛を飲み込んだように硬直。
蝋燭が、微かに揺れた。


『ひとよにふたやのおもねくは
かのき と このき のむすびばし
あかおび ひいたら おもねくぞ
あかおび やいたら おもならぬ』


何処かで聞いた、手鞠唄。
幼い声が狭い室内に反響する。
テンテン……鞠の音が聞こえた。


『……お帰り』


酷く間近に。
その声はリョーマの背から。
ゆっくりと、首を巡らせる。
茣蓙に着いた手に、パタリと何かが触れた。


『それから。ありがとう』

「─────ッ!」


振り向いた、その先には……。
狐の、面。
白い浴衣に狐の面を着けた、子供。
足元には無数の面と、鞠。
幾度と見たその子供。
けれど、違う。
数度まみえた子供とは、あきらかに。


──チリン


鈴の音。
子供の腕に巻き付く赤い糸。
糸に括られた鈴が、鳴く。
パタリと、鈴が染まった。


「や……いや……」


狐が、染まる。
面と皮膚の境目からとめどない血流を垂れ流して。
パタタッと軽快な音とともに転がる面の幾つかが染まった。


『お帰り……』


子供が、踏み込む。
目を反らせない。
恐怖に体が震撼する。
子供から逃げるように身を背へ引きずる。
──瞬間。


「きゃぁぁぁぁぁぁッ!」


絹を切り裂く悲鳴。
恐怖を象る悲鳴が喉を焼き、牢獄を埋めた。
四肢を走り抜ける恐怖に全身が痙攣。
もはや身動き一つ出来ず。
ただ震えるのみ。
そのリョーマを見下ろす気配。


一つ……


二つ……


三つ……


四つ……


無数の目。
──床一面の面が、虚空を埋め尽くしてはリョーマを囲み、嘲笑う。


『みんな待ってる』


誰の手もなく浮かぶ無数の面が、リョーマを囲む檻のように浮遊する。
伸ばされた子供の手。
震えるリョーマに振り払う力は存在しなかった。


『おいでおいでおイデおイでオいデおいデおいでオイでおいデおイでオいデおいデおイでオいでおイデおイでオいデおいデおイデおイでオいデおいデおいでオイでおいデおイでオいデおいデおイでオいでおイデおイでオいデおいデおイデおイでオいデおいデおいでオイでおいデおイでオいデおいデおイでオいでおイデおイでオいデおいデオオオオオオオオオあああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛』

「──いやぁぁぁぁぁぁ!!!!」


子供の手が、首が、浴衣が。
深紅に染まる。


ギチ……

ギチギチギチ……


軋む音。
子供の面が、不自然に揺れる。


ボキッベキッ


バリッベリッ


折れる。
剥ける。
剥がれる。


ベリベリベリ


一際大きな音とともに、剥ける。
剥がれる。


ビシャッ


生臭い血臭が、噴き出す。


「いや……いやぁ……」


目をつぶり髪を振り乱して拒絶を叫ぶ。
ゴトリと。
何かが転がる音がした。


「……っ」


涙でしとどに濡れた瞳は音源を求め、無意識のうちに緩慢とその暗幕を解く。
そして見たのは、顔を“剥がれた”子供の体。
そして──。


「あ……あ……」


子供の皮を内面に貼り付けたまま浮かぶ、狐の面。
パタパタと滴るのは皮に張り付く肉片と血。
狐の顔が、ニンマリと歪んだ。


『オ……かェ……リ……』

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」













降り続く雨は止む気配はなく、滴り落ちる雫たちが存在せぬ気配を齎していく。
広い河萩家の屋内は薄暗く、不気味さばかりを強調する。


「あぁもう……頭痛いなぁ鬱陶しい」

「同感だ。不愉快にもほどがある」


大広間を後にした面々を引き連れる不二と幸村。
二人の顔は世辞にも穏やかとは言い難く、顔色もまた思わしくはない。


「何処向かっとんねん」

「ついて来れば解る」


渋面は崩される事なく、示し合わせすらなく不二と幸村の足が厨房脇の階段を上る。
キシリと男たちの重みに褪せた木が悲鳴を上げた。


「二階なら捜したはずだが……」

「……粗方はね」


柳の進言を背に聞いたまま、不二の足が最上段を踏み締める。
ギシリと、一際大きな音が鳴った。


「うわ……何コレ」

「随分といい空気のようだね」


途端に優美な美貌を顰めた二人。
追随する面々が、怪訝に眉を寄せた。
何かおかしいのだろうか、と。


「おい……」

「あぁ……ココだな」


訝りを上げた真田を遮り、幸村の足が最奥へ向かう。
そして行き着いたのは小さな扉の前。
突き当たりは窓を持たぬ年期を告げる壁。
右手を見れば奇妙な赤茶けた文様を彩る襖。
そして左手に見えるのが、幸村の佇む扉。
木で造られたノブには幾重にも鎖が巻き付き、奇妙な文字を彫り込んだ南京錠が垂れ下がる。

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