障子戸の向こうからは変わらぬ空の唸り声。
明るい室内で視認することはないだろうが、時折光る閃光の威力は未だ衰える気配はなかった。


「──うっさいわね。静かにしてよ!雷如きで欝陶しい!」


突如、投げ付けられた耳障りな甲高い雑音。
パシリと開け放たれた襖の向こうから近付く足音は、お世辞にも品がいいとは言い難いものだ。


「ただでさえこんな辺鄙な場所にいるってのに……やってらんないわ」


黄色みの強い茶髪にパーマ。
狐と見紛うばかりにキツく濃い化粧。
純和風の間取りにおよそ似つかわしくないピンクのキャリアスーツ。
耳たぶから垂れる大きなピアスには緑の石が嵌め込まれ、女の爪にはドギツい赤のマニキュア。
何処ぞのクラブのホステスかと疑いたくなる様相。


「全くだよ。ツイてないにも程があるねぇ。僕らはただ視察に来ただけだったのに」


女の後ろからのっそりと現れた男が、耳障りな含み笑いとともに同意。
仕立てのいいグレーのスーツを身に付けた男だが、その指には悪趣味なまでに大きな石を曝す指輪。
絵に書いたような成金コンビのお出ましだ。


「……ホンマにおるんやなぁ……あないなアホ」

「跡部、見た事ある?」

「あるわけねぇだろ。あっても即記憶から抹消だ」


如何にも『俺、金持ちです。偉いんです』な風情を醸し出す二人組みを目に、日本金持ち代表たる跡部へ意見を求めた関西コンビ。
しかし跡部財閥の御曹司である跡部ですら見たことがない程にあの二人組は悪趣味であるらしく、金持ちは見慣れているはずの跡部が顔を歪めて目を逸らす始末だ。


「ちょっと。邪魔よ」


手塚に縋るリョーマを眼下に、女の瞳が苛烈に睨めつける。
そのあまりの迫力にビクリと華奢な肩が震え、手塚へ縋る指先が新たな布を掴んだ。


「邪魔だっつってんのよ!しおらしぶってんじゃないわよクソガキ!」


完全に怯え、手塚の腕の中に縮こまってしまったリョーマへ女の苛立ちが刺さる。
そして赤々とした爪が振り上げられ、その黒髪を鷲掴もうと伸ばされた。
──が。


「ッ!何すんのよ!」


女の手はリョーマに届く前に弾き飛ばされる。
脇から伸びた、手塚の手によって。
小気味よい乾いた音とともに宙に舞った掌を引き寄せ、女が手塚を睨む。
しかし手塚の容貌は揺らぎすらせず、女を見据えたのみ。
静かに、怜悧に。


「耳障りだ。失せろ」

「なッ!何ですって!?私を誰だと……!」

「貴様のような愚物如き、知る価値もない」


既に忿懣やる方なしと憤る女を一顧だにせず、手塚の視線は至極怠惰に障子戸を眺め遣る。
唸る咆哮は、未だ健在。


「こ……ッの!」

「紗耶香。止めなさい」


もはや女など完全に意識の外へ放った手塚に、化粧まみれの顔が赤く染まる。
夜叉の如き様相を見せる女が手塚に掴みかからんと唇を噛んだ矢先、穏やかさを笠に着た嫌味な声が待ったをかけた。


「何よ!泰樹さんまで……」

「止めなさい止めなさい。彼だって彼女にいい所が見せたいのだよ。こういう特殊な状況でなければそうそうそんな機会にはお目にかからないだろうからなぁ。まぁ、あれだ。彼女を大切にするのはいい事だけれど、次から相手は選ぶんだね」


言外に『ここぞとばかりに自分アピール』をする男を嘲る口ぶり。
これが跡部辺りに向けられていたならば怒髪天を衝いていた事だろう。
しかし手塚は黙したまま。
視線すら向けはしない。
下衆な人間とまともに取り合うだけ無駄なのだと、手塚は知っている。
負け犬と同等に堕ちてやる気など更々ない。
だからこそ、男の言葉に反応すらしなかった。
しかし、男はそうは捉えなかったようで。
男の言葉に反論すら出来ず黙したと認識したらしい。
満足げに鼻を膨らませて笑うその様は汚らしい。


「ほら紗耶香。席に行こう。こんなド田舎でも食事くらいはマトモであると少しは期待しようじゃないか」


フフンと得意げに顎を上げた女が手塚を見下ろすが、取り合う気配は微塵もなく。
胸でしゃくり上げるリョーマを億劫げに抱き寄せただけ。
手塚たちを尻目に、移動した成金男女は広間の最も奥まった席──上座へ。
本来上座は主たる者、または最も位の高い者が座る席。
敢えてそこへ腰を下ろしたという事は、自己顕示欲の為せる暴挙か、はたまたただの阿呆か。
どちらにしろ不愉快極まりない。
視界に入れる事すらおこがましいと視線を逸らした跡部が、これみよがしな舌打ち。
存在そのものが公害たる二人の下品な笑い声が聴こえたが、同時に空の唸りが響き渡る。
派手に悲鳴を上げたリョーマには申し訳ないけれど、今回ばかりは雷を歓迎する。
下衆な会話を耳にするより、雷に鼓膜を叩かれたほうが百倍マシだ。
臆面もなく胸中に呟いた跡部の心境は、奇しくも集う生徒会面々のソレと同じだった。




act.2
-END-


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