辿った先に見付けたのは、小さな集落だった。
時代錯誤な和風家屋が連なるその集落には、車から出て僅か五分ほどで到着出来た。
何故すぐに気付かなかったと疑いたくなる程、酷く近くにソレ。
あのまま車の中に留まっていた所で得るものはないと、キングダムの面々は集落──その中でも一番大きな屋敷の戸を叩いた。
そして今。


「地獄に仏とはこの事だな」

「全くだ」


濡れた髪をタオルに拭い、たった五分で完全に色を変えてしまった服を着替えた幸村が苦笑を零す。
藍染めの浴衣に袖を通す真田が首肯を返せば、部屋の襖がスイと開いた。


「皆さん、浴衣のほうは大丈夫でしたでしょうか。何分古い仕立ての物でして」

「大丈夫ですよ。一夜の宿ばかりか着替えまでご用意いただいてしまって……。ご迷惑をおかけ致しました」


襖から覗いたのは、まだ年若い青年。
温和な容貌をした彼は、河萩 直哉(こうぎ なおや)。
歳の頃は二十半ばから後半頃。
この屋敷──キングダムの面々が訪れた家屋の住人だ。


「お夕食がまだとお伺いしましたので、ご用意させていただきました。この天気でお体も冷えていらっしゃるでしょう」

「何から何までスマンなぁ。おおきに」


柔和な容貌を緩める直哉に白石が破顔。
都会にはない心遣いに心底感嘆する。
唐突に訪ねてきた大所帯を快く迎え入れてくれただけでも感謝も一入だというのに、この家の者には感謝のし通しだ。


「そういえばリョーマちゃんは?姿が見えないけど……」

「姫さんやったらさっき、夕食手伝うーゆうて向こう行ったで」

「流石はリョーマやのぅ」


キョロリと周囲を見渡した不二に答えた忍足へ、仁王が頻に頷く。
流石は学園の姫と名高いリョーマだ。
礼儀を弁えている。


「それに比べて……」

「言うな不二。それこそ馬耳東風というものだ」


閉じた瞳をうっすらと開いた不二を窘めた柳が、障子へとその瞳を投げる。
薄暗い空に時折走る青白い閃光。
遠くに雷があるのだろう、音を伴わない光。
開け放たれた庭を臨む障子戸から差し込む不気味なソレが、障子の枠に凭れかかる男の横顔をほの暗く映し出す。
無言の手塚はただ、藍染めの浴衣の中に腕を組んだまま微動だにせず。
唸る空をただ睨む。
差し掛けるほの暗い閃光が一際強くなり、手塚の頬を青く染めた。


「……気に食わん」













「ありがとうね。助かったよ」

「いいえ。こちらこそご迷惑をおかけしてしまいましたから」


皺だらけの顔をクシャリと歪めた初老の女性に、フンワリとリョーマの容貌が綻ぶ。
枯れ草色の割烹着の袖をを背で括って忙しなく動き回るのは、檜皮 嘉代子(ひわだ かよこ)。
この屋敷の家政婦をしている女性だ。


「久し振りのお客様だからねぇ。キヨさんも喜んどるよ」

「キヨさん……?」


出来上がった蕗の煮付けを盛りつけていた手を止め、コトリとリョーマが首を傾げた。
大きな鍋にけんちん汁を煮込む嘉代子が、あぁ……と小さく苦笑。


「この家の主人さ。河萩キヨさんって言ってねぇ。御歳九十三のご長寿さね。まぁご長寿っつっても今だに山には入るわ祭にも出るわでチャキチャキさ」

「お元気なんですね」


嘉代子の口ぶりにクスクスと鈴が転がるような微笑みを零す。
厨房には食欲をそそる香りが立ち込め、コトコトと煮立つ鍋の音。


「……あれ?」

「どうしたぃ?」


ピタと、リョーマの手が止まった。
蕗の煮付けを盛りつけていた小鉢が、三つ空のままで口を開いている。
一……二……三……何度数えても、小鉢は十七個。
しかし、生徒会の人間はリョーマを入れて十一人。
嘉代子と直哉、キヨを入れても十四人のはず。
まだ他にも客や家人がいるのだろうか。


「あの……もしかして俺たちの他にもお客様がいらっしゃった……んですか……?」


もしもそうだとしたなら、とても迷惑だったのではないだろうか。
やむを得ない状況であったとは言え、客人を迎え入れていた家に駆け込むなど迷惑このうえなかっただろう。
端正な眉尻を下げて問うたリョーマへ、しかし嘉代子はその温和な顔をクシャリと歪めた。
──ただし、不愉快を絵に書いたソレで。


「あぁいいんだよ。あの二人は。客なんかじゃないよ」


害虫さ……。
苦虫を噛み潰すように吐き捨て、ヒラリと振られた手。
トントンとまな板を滑る包丁に淀みなく、完全に背を向けられてしまったリョーマから彼女の顔を読む事は出来ない。
けれど先に見た嘉代子の表情に、胸元へと拳を握った。
温和なオバ様、それが一瞬にして──鬼と化したような……。
聞いてはならない事を聞いたのだろうか。
余計な詮索をしてしまったのか。
自己嫌悪と不安に苛まれる胸を抑え、とりあえずは盛りつけを再開しようと視線を戻した。


「…………?」


その一瞬。
厨房の入口に動く物が見えた。
視界の端に見止めたソレを確かめようと顔を上げれば、ガランとした廊下だけが続く。


「気のせい……?」


傾げた肩から、サラリと黒髪が零れた。
砂を落とすように叩き付ける雨音。
黒雲は、まだ晴れそうにない。













夕食時。
空はとうに暗く染まっていたものの、時刻は漸く七時を回った頃だ。
嘉代子とともに膳を運ぶリョーマが、五つ目を広間に置いた頃。
奥から生徒会の面々が姿を現した。


「あ、皆さん」

「あぁ姫さん。会いたかったで」

「あははー忍足クーン。君、自主的遭難希望者だねー?」

「喜んで手伝わせてもらうよ」

「この天候なら遭難確率は八十パーセントは下らないな」

「よかったのぅ、忍足」

「ご冥福をお祈りいたします」

「骨なんざ残すんじゃねぇぞ。公害だからなぁ、アーン?」

「ほな達者でなー」

「心して迷うがよいわ!たわけが!」


現れた面々の中から一早くリョーマへと抱き着いた忍足へ、次々と飛ぶ労りやら地獄行きの片道切符やら。
この世の至福とばかりにリョーマを腕に抱く忍足は、けれど聞く耳持たず。
艶やかな黒髪に頬を擦り寄せてはヘニャリと端正な容貌を崩す。
と。


──ガゴッ!


「ナイス!よくやった!」


鈍い鈍い衝突音が空気に震動し、ハートを飛ばさんばかりに晴れやかな不二の賛辞が続く。
直後、グラリと傾いた忍足が、そのまま畳の上へと。


「え?あの……忍足さん!?」


突然倒れ伏した忍足に、慌てたようにリョーマもまた畳に膝を付く。
そのまま膝へと忍足の頭を乗せてやれば、端正なその顔にかかる前髪を梳いた。


「忍足さん……?だいじょう……きゃッ!」

「あー姫さんの脚えぇわー」


懸念の声は皆まで紡がれる事なく、短い悲鳴に変わった。
理由は、顔を膝に擦り寄せた忍足の変態行為。
弾力を楽しむように頬を擦り寄せる忍足にリョーマの愛らしい頬が朱に染まる。
が。


──グシャ


「グはッ!」

「いい加減にしやがれ!」

「調子乗んなや変態!」

「たるんどる!」


なんとも形容し難い音とともに忍足の背が奇妙に曲がった。
ついでに眼鏡がパリンと鳴った。
そしてリョーマの膝から引きずり下ろされ、八人からの袋だたきの刑に処された。
合掌。
忍足から解放されたリョーマがホゥと息を吐き、羞恥に染まってしまった頬を自らの手に包む。
と、傍らにコロリと転がる妙な物体に気付く。
お祭りなどで見覚えのある、しかし日常ではあまり馴染みのない代物。


「お面……?」


木で彫られたようなそれは、恐ろしげな般若面。
コトリと手に取ってみればズシリと重い。
何故こんなものが?と首を傾げれば、視界に誰かの足先が見えた。


「……手塚さん」


リョーマの前に佇む男、それを見止めて愛らしい相好がフンワリと綻んだ。
面を置いて立ち上がれば、藍染めの浴衣に身を包んだ恋人にリョーマの目尻が微かな朱を走らせる。
普段と違う様相の恋人に胸を高鳴らせるリョーマの瞳が、恥ずかしげにソッとその姿を隠した。
リョーマの様を眼下に見下ろす手塚は、ただ薄紅の浴衣に覆われた細腰を無遠慮に抱き寄せただけ。
そして──部屋の隅でリンチ被害に合う忍足を嘲笑。
先に忍足を襲った原因不明の衝撃。
その正体は、手塚が放ったお面。
通常の面より重いソレを、常人より力のある手塚が頭部目掛けて投げ付けた。
それは下手な鈍器などよりもよっぽどの凶器である。
よく死ななかったものだと妙な感心をしてしまう。
とは言え、お面攻撃には生還した忍足も部屋の隅にて集団リンチの刑に処された今、既にボロ切れと化している。
自業自得だと、手塚が鼻先に乾いた笑いを飛ばした。

6/27
prev novel top next


 
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -