今までとは違う手塚の一面を見れた喜びと、そしてそれを上回る恋慕が募って。
けれど言葉が追い付かない。
もどかしげに唇を空回せるリョーマを背に、手塚の指がポンと再び鍵盤を叩いた。


「……おい」


そして、かかる声。
俯いて言葉を探していたリョーマが──条件反射とでもいうべきか──手塚へとその貌(かんばせ)を弾き上げた。
見上げた先には、乳白色のグランドピアノに凭れた手塚。
そのシャープな顎が、クイと促す。


「……?」


しかし、しゃくられた顎が意味するところを忖度しかね、リョーマの小首がコトリと傾いた。
それが気に入らなかったか、手塚の瞳がスッと細められる。
そして。


「……歌え」


下される命。
示されたは、ピアノ。
漸くその意味を咀嚼出来たリョーマが、しかし困惑したように一度手塚を仰いだ。
だが、手塚から返された一瞥は早くしろとの催促も色濃くて。
リョーマがもう一度ピアノと手塚を交互に見渡して。
そして──ふんわりと微笑んだ。


「……はい」


フワリと黒い軌跡を残してピアノへと歩み寄り、白いチェアへとその腰を落ち着ける。
細い指先が一度、確かめるように鍵盤を滑った。
そして、緩やかに滑り出すメロディ。


『多分君は 笑うでしょう
気持ちを伝えたら』


柔らかなピアノの音。
それに絡むは、穏やかにして甘く掠れた艶やかなアルトヴォイス。


『ざわついてる 心揺れて
答えを探してる』


切なげに揺れる歌声。
けれどそれはとても優しく、柔らかく、美しく。
鍵盤に滑る指先も、薄紅の唇から零れる穏やかな音色も。
その全てが、優美な旋律。


『世界中が泣いてたら
貴方のために笑うよ
悲しい涙を流した時には
抱きしめてあげるよ』


柔和な旋律を包み込む美しくも優しい歌声は、あまりにも甘美。


『言葉が足りないくらい
ただ貴方を想うほど
心の中そっと
日だまりのような
優しい風が吹いた』


ピアノに寄り掛かり、そのメロディーを聴く手塚に変化は見られない。
腕を組み、ただ宙空を睨むだけ。
けれど……──。
響く旋律は優美に、柔和に。
愛しげな響きに閉ざされた室内を震わせる。
それが誰に向けた旋律であるのか。
誰へと贈る歌声であるのか。
それは、言うまでもないのだけれど。
紡がれる柔らかな歌声が途切れたのは、その直ぐ後。
傲慢で強引な、唇のせい。






◆◇◆◇







学園が誇る姫の美しい歌声は、キングだけの物なのです。






END





→後書き

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