そして、異様な熱気の元に全校対抗ミュージックフェアが幕を開けた。













過去にない盛り上がりを見せる館内の中。
キングダムのメンバーたちは二階のVIPルームにて優雅な鑑賞タイム。
生徒会室から持ち込まれたティー・セットを前に、優雅なティー・タイムだ。


「皆さん本当にお上手ですね」


コポコポと手塚のカップにローズティーを注ぎ、ふんわりと綻ぶリョーマの瞳。
耳障りない程度の防音が施された室内は仁王によって音響管理が為された快適空間。
漏れ聞こえる歌の数々にリョーマが楽しげに瞳を綻ばせ、本物顔負けなステージを見下ろしている。
一般生徒はそのあまりに本格的過ぎるセットにたじろいでいるようだが、キングダムメンバーはその設備全てを飲み込んで見事なステージパフォーマンスを見せている。


「跡部さんも忍足さんも仁王さんも、とても素敵でした」

「ありがとよ。何なら、一生俺様の隣で聞かせてやるぜ?」

「おおきに。姫さん。姫さんのために歌うたんやで?」

「俺に惚れたか?」

「あ……あの……えっと……」


既に歌い終えた三名に賛美を向けたリョーマだが、瞬く間に三人に囲まれて。
跡部は艶やかな黒髪を一房掬って口づけ、忍足はリョーマの白く細い右手に、仁王は左手に。
男の色香をふんだんに撒き散らす男に囲まれ、リョーマの頬に朱が差した。


「はいはいそこまでー」

「姫。次は俺の番だ。聞いていてくれるかい?」

「あ……はい。勿論」


三人の男に囲まれたリョーマを救出したのは、不二。
そして、リョーマを背に庇った幸村が柔らかな微笑みを手向ける。
不満をありありと浮かべた三名を尻目に、満足な答えを得られた幸村はご満悦。
サラサラと柔らかなリョーマの黒髪を一撫でし、颯爽とステージへと向かった。


「では、俺も準備をするとしよう。弦一郎。お前の出番もそろそろだ」

「うむ。そうだな」


幸村に続き、柳と真田もステージに向かうべくVIPルームの扉を潜る。
扉を開けた途端に弾ける歓声の凄まじさに、一瞬手塚が不愉快げに眉を寄せた。


「どうしました?」


流石というべきか否か。
手塚の変化を敏感に察したリョーマが、手塚の傍らに。
愛らしく小首を傾げて覗き込んでくるリョーマをチラリと見遣って、手塚の腕がその細い腕を捕えた。


「手塚さ……きゃっ!」


そのまま腕を引かれ、華奢な体躯は軽々と手塚の膝の上へ。
あまりご機嫌のよろしくないらしい手塚を眼下に見下ろす形となり、リョーマの眉尻がヘナリと力をなくした。


「……何かお気に召しませんでした?お茶……お口に合わなかったでしょうか」


不安げに瞳を揺らし、手塚の頬に白魚の如き指先を滑らせる。
切れ長の鋭利な瞳が手弱やかな美貌を見上げ、微かにその眉を跳ねさせた。
そして、後頭部に温もり。
声を上げる間もなく、リョーマは頭部から引き込む力のまま手塚に覆い被さるように唇を奪われる。


「ン……んぅ……」


下から競り上がってくる生暖かい他人の体温に咥内を蹂躙され、端正なリョーマの眉が切なげにその尻を落とした。


「……騒がしいのは気に食わん」


たっぷりと数十秒交わされた口づけの後、零された不満。
トロリと蕩けたリョーマがその肩に凭れれば、不愉快げに眉を寄せた硬質な美貌が視界を埋め尽くした。


「嫌なら見んじゃねぇ」

「っちゅうか……俺らの存在めっちゃシカトやん」


苛立たしげな跡部の台詞と白石の呆れを多大に篭めた呟きは、手塚に拾われる事はなく。
漏れ聞こえる歓声に揉まれて消えた。













ミュージックフェスタは滞りなく進行し、残すところ後三人となった。
観客に疲労は見えず、その盛り上がりは最高潮。
歓声は衰えず、むしろ開始よりもその高さを増している。
柳生を除いたキングダムの者たちもほぼ全て出番を終え、後はラストを待つばかり。
柳生はあまりこういった催しが得意ではないとの事で、事前に辞退を申し出されている。
そして、残るはこの男。


「手塚、君は出ないの?」


リョーマの淹れた紅茶で唇を濡らし、不二がソファに居を構える男を仰いだ。
傍らにチョコリと座したリョーマの腰に腕を回しつつ、怠惰な瞳をステージに落とす手塚。
不二の言葉にチラリとリョーマが傍らの男を見上げた。


「もうトリだけど。行かないの?」


再びかかる促し。
長い脚を組む手塚は、しかし動かない。


「まさか手塚。自分……実はめっちゃ歌下手なんか?」


ステージに上がる気配のない手塚へ、忍足の揶揄。
このプライドの高い男の事。
苦手とする事には徹底して手を触れやしないだろう。
弱点を曝す事は我慢のならない性分なのだ。
と、なれば。
ステージに上がりたがらないのは歌を不得手としている為ではないかと訝ってしまうのも、道理だ。
忍足の揶揄を受け、手塚の瞳がチロリと丸眼鏡の奥を睨める。
そして、如何にも億劫な溜息を一つ。
ギシリと、スプリングが鳴いた。
長い脚をゆったりと解き、手塚の足はそのまま入口へ。
無言のまま開け放たれた扉から耳障りな歓声が飛び込み、そして手塚の背とともに消えた。


「なんやアレ。苦手やっちゅうたらえぇやん」

「苦手じゃないよ?」


不満げな忍足の呟きは、手塚の背を見送った不二の苦笑が否定。
そしてそれはそのままステージへ。


「少なくとも、下手ではないんだよねぇ。腹立つ事に」

「不二先輩は聴いた事があるんですか?」


ステージを見下ろす不二の隣に走り寄り、大きなアーモンドアイが優美な美貌を見上げる。
再び苦笑を滲ませた不二がサラリと揺れる黒髪を梳いた。
そして、聞こえるメロディ。


「あるよ。結構前だけどね」


ステージ中央に佇む手塚の、その背後。
スクリーンに走る『NEXT DOOR』の文字。
アップテンポに疾走するバックミュージックを対比とし、ゆっくりと持ち上げられる左腕。
そして、重厚なバリトンを生み出す唇が、開かれた。


「……!」


常は低く威圧的な声音を操る唇が紡ぎ出すのは、甘く和らいだ──それでいて艶めいた美声。
疾走感ある曲調に、ともすれば呑まれてしまい兼ねない柔らかさを有した声だと言うのに、けれど呑み込まれる事は決してなく。
むしろ柔らかな声が速い曲調を纏い、奇妙な昂揚感と色香を齎してくれる。
下手など、間違っても言えやしない。


「ね?下手では……ないんだ。ただ、手塚って歌うと妙なフェロモン撒き散らしちゃうんだよねぇ」


だからあんまり好きじゃないらしいよ。
付け加えられた不二の補足は、しかしリョーマの耳には届かず。
両手で口許を覆ったリョーマの頬は、常にないほど紅潮していた。
しなやかに伸び上がり、低く落ちて行く。
波が形作られる度に掠れる声や、細められた鋭利な眼差し。
そのどれもが常の手塚とは違った色香を齎して。
口許を覆っていた手はいつの間にか胸の前で組まれ、唇からはホゥと感嘆の溜息が零れた。
それは、観客たる女子生徒たちも同じのようで。
一様にステージにある男に見惚れては言葉を無くす。
伸びやかな歌声であるのに、その声を生み出す表情が酷く気怠げで。
それが奇妙な魅惑を齎して。
曲が終わる約四分の間。
その男の発するフェロモンとも言える色香は、瞬く間に女子という女子を魅了した。
それは、リョーマとて同じ事。
手塚が歌うとは思えぬ程に直向きで真っ直ぐな歌詞は、けれど発される甘美な美声に酷く絡んで。
紅潮した頬のまま防音ガラスに掌を乗せたリョーマが、愛しげに瞳を揺らした。






◆◇◆◇







全校対抗ミュージックフェスタは、手塚国光の意外な活躍を以て幕を閉じた。
最優秀者は勿論、手塚。
そして、同列でキングダムの一員、白石が獲得した。
白石の歌唱力は目を瞠るものであり、あのキングダムのメンバーたちもが今回の結果には納得せざるを得ない物だった。
そして、今。


「すごく……素敵でした」


最優秀者を戴いた手塚と、そしてリョーマ。
二人がいるのは、音楽室。
生徒会室は現在イベントの後処理で忙しない為、面倒を嫌う手塚によってここへと移動となった。
今頃は不二と忍足辺りが後片付けに奔走している頃だろう。
そして、音楽室に到着するやリョーマから発された賛辞。
ほんのりと紅潮した頬とはんなりと綻んだ瞳。
手慰みにかピアノの鍵盤を一つ叩いた手塚の背に、先に聴いた男の歌声の余韻を聴く。


「あの……本当に素敵で……あの……」


感動を伝えようと懸命に言葉を紡ぐリョーマだが、しかし感情が先走ってしまうせいか上手く言葉が纏まらない。

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