「だから貴様は、あのバカ女を注目させた。死体から目を逸らさせる為に」


混乱の最中、犯人がいると叫べば十人中十人がそちらを向くだろう。
そうなれば、死体から意識を逸らさせるなど簡単な事だ。


「本来、転落死に見せかけるならば自殺と工作するのが普通だ。最もリスクが少なく、警察の捜査も範囲が狭くなる。それをわざわざ他殺と誘導した理由は何なのか。……そうせざるを得ない事情があった。そう考えるが自然だろう?」


手塚が語る度に栗本の顔からは血の気が引いて。
既にその顔面は青白く、呼吸も忙しない。


「……貴様と氷室が取った行動は、こうだろう」


まず、氷室を一限目の休み時間に呼び出す。
氷室は疑いもせずに栗本の元へ向かった。
三階のトイレから、視聴覚室へ。


「トイレから?」

「氷室はしばしばそうやって貴様と逢っていたようだな。三階のトイレの外には桜の木がある。それを足場に、排水管のパイプを伝って視聴覚室に入った。人目を忍ぶ為にな」


そして、その先で殺された。
鈍器などの物で頭を殴打されて。
そして、その後栗本は死体をバッグに詰め、外の植物園に向かった。
ソコでブルーシートに包んで死体を一旦埋め、何食わぬ顔で校舎に戻り授業を行った。


「植物園の奥には掘り返された跡があった。そして、すぐに死体を落下させなかったのは、作業の時間がなかったからだ。二限目には二年の授業が入っているからな」


そして三限目に入り、死体を掘り返して再びバックに詰め屋上に向かい、先の仕掛けを施した。
それから脚立か何かを使って再び右の屋上に戻り、リョーマを呼び出した。
身代わりにする為に。


「ちょっと待って手塚」


手塚の推理を止めたのは、不二。
視線だけでチラリとソチラを見遣った手塚が、無言のまま不二を促した。


「どうして氷室はわざわざそんな面倒な方法でクリボーに逢いに行ったの?」


不二の問いに同調するべく、幸村や白石など幾つもの視線が手塚を見る。
実際問題、氷室がそんな方法を使う必要などない筈だ。
むしろそれではまるで栗本に殺されるのが解っていて、アリバイ作りに協力しているかのようではないか。
疑念の視線を受け止め、手塚の瞳が嘲りに歪む。
そんな事すら解らないのかと。


「バカ女の携帯に届いた氷室のアドレス。そこから氷室のメール履歴を全てハックした」


氷室の携帯に関する情報は、リョーマに届いた呼び出しのメールのみ。
そのアドレスから氷室のメールに関するデータを全て読み込んだ。
仁王に命じず自らソレを行った理由は、調べるべき対象がリョーマの携帯であった事も起因しているだろう。
どれだけの暴君であれど、流石に恋人のプライバシーを曝す気はなかったらしい。
ともあれ、それによって調べ上げた氷室のメール事情は、栗本との関係も──そして今回の動機すらも明るみに出した。


「氷室は貴様の女だった。教師と生徒の間柄上、公に出来ず校内で逢う場合には視聴覚室で人目を忍んだ、といったところか」


学園には至る場所に監視カメラが設置されている。
ともなれば、下手な場所ではすぐに発覚してしまう恐れがある。
そのため、先の手段によって逢瀬を繰り返した。
監視カメラの目から逃れ、二人きりの時間を作るための幸福の道は、皮肉にも地獄へ続く黄泉坂(よもつざか)へとなってしまったが。


「い……いい加減にしてくれ!君達の作り話にはもううんざりだ!」


絶叫の如き叫び。
手塚を睨むその目は血走り、もはや狂気と呼べる輝き。


「残念ながら、作り話ではありませんよ。貴方は自ら犯人であると名乗り出ていらっしゃいます」


しかし栗本を追い詰める手は緩む事なく。
リョーマの傍らから一歩を踏み出した柳生が、眼鏡を一度押し上げた。


「だって貴方は先ほど、氷室さんの死因と死亡推定時刻を正確に把握していらっしゃったではないですか。それを知るのは警察と我々、そして犯人だけです」


そのうえ栗本は先ほど氷室を『絵里香』と呼んだ。
動転していたためだろうが、それは手塚の言う二人の関係を裏付けるものと言えた。


「だ……だが!誰かが僕に罪を着せようとして……そうだよ!僕は無実だ!警察の人たちが話してたのを聞いただけで!」

「ならば何故氷室の携帯を貴様が持っている」

「────っ!」


言い募る声は、鋭利な手塚の瞳に飲まれた。
そう、氷室は監視カメラから姿を消す直前まで、その手に携帯を持っていた。
だが落下した氷室の所有物にソレがない。
そのうえ死んだ後にリョーマに届いたメール。
となれば、携帯の行き着く先は、一つ。


「人間の心理とは不思議なものでしてね。自らに害を為すと解っている物ほど手放せない物なのです。誰かに拾われるかもしれないとの心理が働くために。結果的に、それが自らを追い詰める事になるのですけれど」


淡々とした柳生の語り。
しかし、栗本は目を見開いたまま硬直。
それは、決定打。


「今頃、テメェの家には家宅捜索が入ってるぜ」

「携帯が出てきよったら、ジ・エンドやな」


跡部の言葉を次ぎ、クスクスと漏れる白石の笑い。
侮蔑も露わなソレに、栗本の体が小刻みに震え始めた。


「策に溺れたな。所詮貴様など、この程度という事だ」


フンと漏らされた嘲笑。
そして、向けられた背中。
ギリッと、栗本の口端が噛み千切られた。
瞬間。


「きゃあ!」

「姫!」

「リョーマ!」


栗本が柳生と仁王を押し退け、直後に響く悲鳴。
ハッと視線を弾き向けたキングダムの中、小さく華奢なその肢体は栗本の腕の中。
その細く白い首には、不粋な銀。


「……絵里香が悪いんだよ……?僕を……僕を怒るから」


リョーマの喉元にナイフを突き付け、栗本は笑う。
瞳はギラギラと狂気じみて。
リョーマを拘束する腕の上、異笑が高らかに滑り落ちた。


「……貴様が氷室を殺した理由は、ソレだな」


静かな声音に、僅かな揺らぎ。
手塚の瞳は、あたかも静かなる焔の如く。


「あははははは!そうだよ!絵里香がねぇ、僕がリョーマちゃんがいいって言ったら怒ったんだ。僕との仲を学校にバラすって!」


小児趣味(ペドフィリア)の気でもあるのか、栗本の性的興味は中学生の女子にのみあった。
始めは氷室に。
しかしそれは次第にリョーマへ。
それを告げられた氷室は激昂し、リョーマへの憎悪を燃やしたのだろう。
故に、事件前日の騒動が引き起こされた。
そして、氷室の憎悪は勿論栗本へも向かい、脅迫として引き止めようとした。
その末に用意された先が、何であるかも知らずに。


「だから殺してあげたんだよ!僕を虐める子なんか嫌いだ!だから殺して静かにしてあげたんだ!」

「やっ……いや……」


怒鳴り散らす度にリョーマに突き付けられたナイフが皮膚へと押し付けられ。
恐怖に涙を流すリョーマが、カタカタと微かな震えを示した。


「怖いの?ゴメンねぇ。でも、元はと言えば君がいけないんだよ?君が僕を誘惑するから……君が僕を惑わせるから」

「っ……」


正気とはけして思えぬその口調のまま、まろい頬に滑り落ちた涙を舌に拭う。
ビクリと震えたリョーマを楽しげに見下ろし、栗本から高らかな笑い。


「可愛いねぇ。怖いんだねぇ。大丈夫。まだ殺したりしないからねぇ?いっぱいいっぱい可愛がってあげるから」


フフフと唇から漏れた笑み。
リョーマを捕えたまま、栗本の脚は入口へと後退していく。
キングダムを威嚇しながら、栗本の体は徐々にその外へと向かった。


「いや……嫌ァ!」


涙混じりの悲鳴の中、誰一人として動けない。
下手に動けば栗本がリョーマに何をするのか、解らない。
助けを求める濡れた瞳を正面に見据えながら、動く事が敵わない。
舌打ちを零したのは誰だったか。
カツリと栗本の脚が、もう一歩後退した。


「……………」


と、不意に。
手塚が動いた。
その手に、黒光りする凶器を携えて。


「手塚!何を──」

「──真田!白石!」


不二の制止よりも早く。
響く手塚の怒号。
何事かと視線を尖らせる栗本が、手塚を見遣った刹那。


──ドンッ!


腹をも震わせる銃声が、響いた。
瞬間、走り出す二人。
銃声とともに肩を撃ち抜かれた栗本がよろめき、リョーマからその手が離れた。
その一瞬、走り込んだ白石が栗本からリョーマを庇い、左足でその腹を強打。
たたらを踏んでよろめいた栗本の腕を、更には真田が捉え。
その身を背負い、壁へと投げ飛ばした。
ドォンと鈍い音を立てて背を打ち付けた栗本の意識は既になく。
グッタリと廊下にその四肢を投げ出して昏倒した。


「平気か?リョーマ」

「あ……」


腕に抱いたリョーマを白石が覗き込めば、あまりの事に放心していたリョーマがハッと意識を取り戻す。

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