「ね?スモークツリー」
細く白い柔らかな花弁をさながら花火のように開いた、スモークツリー。
この子たちのように微笑んでいれば、きっと皆も優しい気持ちになってくれる。
自分が、この花たちにそう感じたように。
「どうかしたか?」
「いいえ。何でもないです」
花の傍らにしゃがみ込んだリョーマに、気遣わしげな真田の声が降る。
ゆるゆると首を振るって、フワリと微笑んだ。
花のように微笑むなんて出来ないけれど、それでも。
少しでも周囲の心労を癒せるのなら。
「あ、手塚さん!」
真田に手を引かれ、立ち上がった視線の先。
コチラに向かってくる姿を見付けた。
威風堂々とした佇まいがゆっくりと近付いてきて、リョーマの頬が喜色に綻んだ。
「勝手にうろつくな、バカ女」
冷たい言葉。
でも、優しい人。
真田から離れた指先を引き連れ、そちらへと走り寄る。
ポケットに突っ込まれていた大きな手が抜き取られ、飛び込んだリョーマの背を支えて。
その何気ない優しさが嬉しいから。
白い頬がほんのりと染まり、そしてフンワリと花開くかのようにその頬を綻ばせた。
☆
昼食は跡部邸のシェフによるものだった。
流石に今のリョーマをキッチンに立たせるのは忍びないとの跡部の判断だ。
「で?何か解ったのかよ」
口火を切ったのは、跡部。
ナイフは既に置かれており、右手で付いた頬杖の上で睨むのは手塚。
食後の一服と煙草をふかす手塚が、傍らの灰皿にトンと灰を落とした。
「当たり前だ。俺に解らん事はない」
尊大なまでの返答。
事実、事件の全容は約八割が解けた。
しかし、それでもまだ八割。
残り二割が残っている。
その二割も、大体の検討が付いている。
となれば、後はそのパズルに見合うピースを当て嵌めるだけ。
「柳」
「なんだ」
白ワインの注がれたグラスを揺らす手を止め、柳の視線が手塚へと。
くゆる紫煙を指先に。
手塚の瞳が柳へと流れた。
「指紋を取って来い」
「指紋?何のだ」
コトリとテーブルに戻ったグラスの中で、白ワインがユラリと揺れた。
指紋を取るという行為に否やはない。
むしろ事件の捜査ともなれば当然の行動と言える。
しかし、何の指紋を取るのかが解らなければ、取りようがない。
屋上のドアか、それとも三階のトイレか。
だが、柳の予想は悉とくが外れる結果となる。
手塚が告げたのはそのどれとも異なる物だった。
「……梯だ。または脚立か。その何れかの物だ」
「梯ォ?まさか手塚……。氷室が三階から梯を使って屋上に昇ったとでも言うつもり?」
「そらなんぼなんでも有り得へんやろ」
怪訝に目を見開いた不二に対し同調を示したのは隣から。
白石が不二と視線を合わせ、呆れたような苦笑を零す。
しかし手塚の表情に変化はなく。
煙草を咥えては白く頼りない煙を吐き出した。
「空に最も近しい場所は翼ではない」
「はァ?」
まるで謎掛けのように意味の掴めない手塚の台詞。
一様に不可解な声を上げる一同の中、しかし柳だけがその瞳を開き瞠目した。
そして、頷きを一つ。
「……成る程。了解した」
「蓮二、よもや要領を得ぬ手塚の戯れ事が理解できたとは言わぬであろうな」
驚きと怪訝に低められた真田の問いかけ。
しかし、柳はうっすらとした微笑を称え、旧知の親友を振り仰いだ。
「イカロスは地に堕とされるべくして堕ちた。太陽や神でなくとも、それは可能であるようだ」
「……すまん。全く以て理解出来んぜよ」
手塚に続き、柳の謎掛け。
早々に白旗を上げた仁王が、辟易とばかりに背凭れに寄り掛かった。
「不二。解析は済んだのか」
「え?……あぁ……もう少しだけど」
「さっさと終わらせろ。それから仁王。監視カメラの確認をもう一度行え」
「何言っとる。カメラならもう何十回と確認しとるなり。氷室の姿はおろか、怪しい奴も映っとらんかったじゃないか」
「誰が同じ場所を見ろと言った。姿がないならば影を追えばいい」
「影……?」
不二と仁王に対し、手塚の指示が下され。
同時に手塚の脚が椅子にガタリとした悲鳴を上げさせた。
「そして、動けぬ物は動かせばいい」
言葉とともに手塚の背が向けられ、その脚は校舎へ。
そう、木を隠すなら森の中。
それすら悟らせぬ為には木々の枝を道とすればいい。
見事と言えるまでに、小癪な手段だ。
「……面白い」
知恵比べならば、手塚の領域だ。
ピースは間もなく揃う。
後は、そのパズルに当て嵌めるだけ。
最後のピースを、除いて。
☆
──F&N──
「解析完了!って……え……?これって……」
「……こいつ……何故こんな所におるんじゃ……」
ピース、発見。
──O&A──
「せや!これや!これやったら幽霊や!」
「こっちも見付けたぜ。忍足。確認しろ」
ピース、発見。
──S&Y──
「……やはり、そうか。奴はこの翼を使って空へ昇ったようだ」
「蓮二。こちらにもあったぞ」
ピース、発見。
そして。
──T──
見上げた壁は直立。
如何な断崖絶壁を制覇したクライマーであれど登れぬまでのソレ。
見上げた視線の先にあるのは、小さな窓。
そしてその下には青々とした葉を繁らせる桜。
そして微かに揺らぐのは、終末へと誘う一筋の蜘蛛の軌跡。
続くのは、漆黒の奈落。
クッと、手塚の口端が釣り上がった。
「……自ら地獄の門を開いたか」
ジャリと砂を噛み締めて。
踵を返す。
仕上げは、犯人の手に。
──ラストピース、発見。
そして、パズルは完成した。
2-3
END
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