だがしかし、校舎内の扉こそ真新しいが、屋上のドアは建設当時のままであり、学園一古い代物だ。
理由は使用用途が著しく低いから、だ。
屋上はサボりなどで使用するには持って来いなスポットではあるが、キングダムの面々には生徒会室という公認のサボりスポットが既に存在していた。
となれば、夏は暑く冬は寒い吹きさらしの屋上など使用用途などある筈もない。
そのため、校内で唯一このドアだけが古めかしく、黒ずんだ鉄製だ。
数十年間の時間の結果か、ドアのネジは相当緩いらしい。
耳障りな雑音と同時に軽く押しやるだけでその口は素直に全開となった。
ブォッという空気摩擦の音とともに開け放たれたソコは、時間が時間。
明かりもなく、夜闇のただ中。
カツリと、手塚の脚が踏み出される。
次いで滑り込んだ跡部。
吹きさらしのソコは、風が強く長い二人の前髪を無遠慮に掻き乱して行く。


「で。何を調べんだよ」


辟易とばかりに息を吐き、跡部の指が電灯を点す。
滔々とした夜の中、その明かりは何とも心許ない。


「…………」


しかし、手塚からの返答はなく。
ただジッと肩越しに跡部の背後を睨み付けるだけ。


「あンだよ」


後ろに何かあるのかと振り返りつつ、跡部の手が電灯を傾ける。
しかし当然、そこにあるのは今し方潜ったばかりのドア。
年輪のように刻まれた数多の傷が黒ずみ、錆の住家と化したソレ。
大小様々な傷はドア本体だけに留まらず、ドアノブにまで及んでいる始末。
しかし、それを除けばただの古ぼけたドアだ。
格別興味を惹かれるような物は存在しない。


「何だよ」


怨みがましげに手塚を睨めば、しかし当人の興味は既に跡部になく。
スタスタと屋上の縁へと向かっていて。
ピクピクと跡部のこめかみが怒りに引き攣った気がした。
が、怒りを吐き出すよりも早く、手塚の後を照らし始める。
どうやら手塚の暴君ぶりにはそれなりに慣れているらしい。
縁に到着した手塚が、眼下を見下ろす。
スラックスに突っ込まれた手は抜く事なく、下から吹き上げる風に前髪を遊ばれる。
見下ろした視界の左端には、学園の象徴と言える円形の噴水を抱えたキャンパス。
噴水は、上空から見ればロータリーのような形を成すソレの中央に鎮座している。
そしてそれを迎えるようにエントランス。
手塚たちが立つ屋上は、エントランスから向かって左側に位置しており。
エントランスから見て右側の屋上は天体観測用の設備があるため、天文部以外の立ち入りは禁止されている。
よって、一般に“屋上”との言葉が示すのは、コチラ側の事になる。
そして、更に視線を下に下ろせば。
校舎に沿うように伸びた煉瓦が、四季折々の花を咲かせてくれる花壇を形作っているだろう。
氷室絵里香が落ちたのは、まさにソコ。
手塚が佇む、その真下だ。
ジリと一歩を引けば、傷を刻むコンクリートが足裏から顔を覗かせた。


「……おい。まだ何か調べんのかよ」


柳眉を寄せた跡部の問いには、またも無言。
さっさと踵を返し、手塚の脚はドアへ。


「テメッ!またシカトかよ!」


苛立ち露わな跡部を背に引き連れ、手塚の歩みが止まる。
屋上を仕切る、ドアの前で。
そして、徐に眼鏡を──外した。


「おい。テメェ何──」


する気だ。
跡部の疑念が皆まで紡がれる間もなく。
手塚が、跳躍。
ドアの上、そのコンクリート製の屋根に左手を引っ掛け。
そしてドアを片足で蹴り上げ、その反動と左手の腕力で以て軽やかにその屋根へと着地した。


「……とんでもねぇ野郎だな……」


ドアを設置するための屋根であるとは言え、貯水タンク等が設置されたソレの高さは三メートル弱はある。
手塚の身長が百八十弱。
腕を伸ばしても百八十にやっと届く程度。
となると、先の手塚は単純計算で垂直跳びを約一メートル跳んだ事になる。
更には左腕一本で全身を支え、屋根へと飛び乗った。
人並み外れた運動能力があるにしろ、規格外にも程がある。


「跡部」


感嘆を通り越し、半ば呆れの混じった視線を注いでいた跡部を、頭上の人となった手塚が呼ぶ。
何だと視線だけで応えれば、横柄に顎をしゃくられた。
寄越せ、という様。


「おらよ」


その仕種を正確に理解し、跡部がその手から懐中電灯を投げ寄越した。
胸ポケットから眼鏡を取り出していた手塚が、跡部に視線すら向けないまま電灯を右手に受け取った。
眼鏡を外したのは屋根に飛び乗る際に落ちないようにか。
再び眼鏡をかけた手塚を眺め遣り、跡部が二度目の溜息を吐いた。
跡部の心境など意に介さず、手塚がその場に膝を折る。
電灯に照らされた先には、古ぼけたコンクリート。
風雨に曝され、ひび割れを刻むソレはこの校舎の時を雄弁に語る。
そして、その半ば──貯水タンクの脇には、使い古されたブロックが二つ積まれている。
そしてその更に奥には同じく使い古された脚立。
恐らくは以前まで貯水タンクの点検に使われていたのだろう。
錆に埋もれたその外観から、ここ数年使われなくなって久しいのだろう。
ブロックと脚立の間には、周囲に比べて傷が多い。
脚立を使用していた頃の名残か、屋根の縁にかかる長い物までがその爪痕を色濃く残している。


「……成る程な」


フンと冷めた瞳を細めた手塚が、その脚を翻す。
ヒラリと昇る様と同じく軽やかに飛び降りた手塚が、跡部へと電灯を投げ返した。


「おい。何かあったのかよ」


後ろに付く跡部にはチラリと視線だけをくれ、手塚の手が再び古ぼけたドアを開いた。
パズルの絵柄は、察しが付いた。
後は、それに当て嵌まるピースを探すだけ。
最も、ピースの形は既に手塚の脳内にある。
それが、見付かるかどうかが、鍵。




2ー2
END


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