その日は、梅雨の中日とも言うべき晴天だった。






◆◇◆◇







ブゥンと低い稼動音を響かせるクーラー。
前日までは除湿に精を出していたエアコンも、今日に限っては冷房。
ここ、生徒会室の中は朝からフル稼動するエアコンの活躍でヒンヤリと快適。


「しかし、暑いな。まだ梅雨だというのに」

「予報でも記録的な猛暑だと流れていたくらいだからな」


ソファに腰掛け、膝上に開いていた書籍から顔を上げた幸村が、辟易とばかりに溜息。
傍らからの相槌は、パソコンに向かっていた柳から。
調べ物でもあるのか、先ほどからキーを叩く手が忙しない。


「何を調べとるぜよ」

「大した事ではない。来週のイベント時に天気がどうなるかが気になっただけだ」


背後から柳の腰かけるソファの背もたれに手を掛けた仁王がディスプレイを覗き込めば、成る程確かに天気予報がズラリ。
柳の性格上から天気予報は一つの情報で確定とせず、幾つかの情報を見て回り、更には天気図から自らも予想を立てた上で初めて“予報”として納得する。
故に、柳の天気予報は過去かつて外れた事がない。


「どうだ。蓮二」

「……恐らくは雨だな。台風が近い。関東圏の猛暑はその影響で低気圧が取り除かれたためだ。四日後には台風の影響が出るだろう」

「けったいやなぁ。台風かいな」


真田の問いに返答した柳には、ヒョイと持ち上げた肩に辟易を乗せた白石が。
台風の影響ともなれば雨は勿論、風も強いだろう。
今から憂鬱というものだ。


「やだなぁ。台風の日って耳痛いんだよね」

「耳栓でも購入されては?」

「そうしようかな」


トントンと向き合っていた書類をペンの頭で叩く不二。
聴覚が人より優れた不二にとって、台風は鬼門らしい。
常に雨音が耳に届き、更には風の唸り。
丸一日それとなれば、夜には耳が痛くなってくるのだとか。
柳生の提案に賛同したその表情から言って、不二個人にとっては重大問題らしい。


「──そんな事はどうでもいい」


各々が猛暑に関した意見を交わす中、奥から響いた重厚な声音。
威圧感すら携えたそれに、室内に詰める者たちからの視線が集中した。
最奥のデスクに腰かけ、腕と脚を組んだ男──手塚が不機嫌も露わに眉を顰めた。


「リョーマはどうした」


苛立たしげな響きは、ともすれば一般人の背を凍り付かせるくらいの威力を伴う。
室内に詰める者たちには手塚に萎縮してくれるような可愛らしい神経の持ち主はいないものの、その言葉の内容には反応を示した。


「確かにな。もうHRも終わっている筈だ」

「先ほど跡部と忍足が迎えに出たが……遅いな」


幸村と真田が室内を見渡し、同意を示す。
パタンと乾いた音とともに幸村の手の中で本が閉じられ、デスクへと移動させられた。


「少し見て来よう。姫に何かあっては大変だからね」

「せやったら俺も行くわ」


立ち上がった幸村を追うように白石も腰を上げ、入口へと向かう。
と、その直後。
カチャリと生徒会室のドアが音を立てた。
ドアノブへと伸びかけていた幸村の手がピクリと小さく震え、止まる。


「姫……」

「リョーマ」


ゆっくりと開かれたドアの向こうから現れたのは、件のリョーマその人。
忍足が開いたドアの向こうで、跡部に肩を抱かれた状態で佇む。
その表情は、常の愛らしいソレではなく。
憂いと哀しみに満ちて、暗い。


「どうされたのですか?中々いらっしゃいませんので心配いたしました」

「何かあったか?」


リョーマの表情にいち早く気付いた柳生が、殊更気遣わしげな声を上げる。
次いで、仁王も。
今にも涙を落としてしまいそうなリョーマは、微かに震えるのみで応えない。
俯いたまま、支えてくれる跡部の袖を握るだけ。


「取り敢えず、座ろな?姫さん」

「あぁ。少し休んでろ」


沈黙を緩和させるかのような柔らかい声音で忍足がリョーマを覗き込む。
そして、跡部も同意を示し、室内へと華奢な背を押した。


「……だい……じょうぶです」


しかし、漸くリョーマから発されたのはか細い拒否。
握っていた跡部の袖を離し、ゆるゆるとその顔を持ち上げた。


「お茶の準備も……ありますし。平気です。ご心配……おかけしました」


はんなりと微笑んで見せるが、それこそが更に痛々しく。
無理をしていると傍目にもそれと解る程。
ペコリと頭を下げたリョーマを止めようと跡部が手を伸ばすが、その僅かに先に。
華奢な肩が翻り、パタパタと隣接するキッチンへと走り込んだ。
残されたのは、沈痛な面持ちを曝す跡部と忍足。
そして、困惑を浮かべた面々。
暫し、重い沈黙が立ち込めた。


「……何があった」


沈黙を破ったのは、キングと名高い重厚な声音。
向けられたのは勿論、リョーマの迎えに赴いた跡部と忍足。


「説明しろ」


簡潔かつ有無を言わせぬ響きが二人を射抜き、リョーマの消えたドアを見詰めていた二対の視線が互いを見合った。
二人が見渡せば、他の生徒会メンバーも同じく厳しい視線を投げていて。
跡部が再びキッチンのドアを仰いだが、溜息とともに室内へと踏み入った。
ドサリと手近なソファに跡部の身が沈む頃、漸く忍足も室内へと。


「……やっかみだよ」


苛立たしげに脚を組んだ跡部から、苦々しげな呟き。
表情にもそれは顕著であり、忌ま忌ましげな舌打ちが零された。













「アーン?いねぇ?」


跡部と忍足がリョーマの教室に向かった時には、リョーマの姿はそこになく。
手近にいた生徒を捕まえて問うて見れば、先ほど隣のクラスの女子に連れられて出たらしい。


「裏庭で話があるって氷室さんが呼びに来られて……」

「ついさっき出ていかれました!」


跡部の問いに答えた女子生徒の傍らから、友人らしき女子からも返答。
こんなクソ暑い日に外に連れ出すなんざバカかそいつは。
舌打ちを一つ零して踵を翻した跡部。
向かうは裏庭だ。


「お嬢さんら、おおきに」

「はっはい!」


追うように振り向く際、女子たちに軽い礼を述べた忍足もまた跡部に続く。
背に先ほどの女子たちの悲鳴やら歓声やらが聞こえたが、二人は見事に無視。
見目麗しい生徒会メンバーの中でもトップを争う跡部と忍足は、校内にファンクラブが出来る程の人気を誇る。
因みに、ファンクラブが存在するのは手塚、跡部、忍足、仁王の四人だ。
他の者たちも人気はあるのだが、上記四人に比べて幾らか気さくであるため話かけ易い。
真田や柳はそうでもないが、彼等の場合は女子より男子からの憧れ的な人気の方が高い。
よって、モテるのだが話しかけ難い者たちに対して想いを寄せる女子たちが結束し、ファンクラブが発足した次第だ。
よって、上記四人が歩くだけで何処からともなく悲鳴が上がる。
人間、想いを寄せる人との会話が無いと脳内で感情が一人歩きするもの。
だからこそ四人の人気は異常な程高まったのだと言える。
ともあれ、学園が誇るイケメン二人は揃って裏庭へ。
勿論、学園きっての美少女を迎えに行くために、だ。
裏庭は一年の教室から程近く、僅か数分歩いた程度で到着する。
二人が脚を止めたのは、角を曲がれば裏庭に到着するという場所だった。
四季折々の植物が植えられたそこは、今は青々しい緑が目を楽しませてくれる頃。
その中で、跡部と忍足の耳に飛び込んで来たのは、耳障りな怒鳴り声だった。


「いい気にならないでよ!」


二人が裏庭の手前で脚を止めたのは、この耳障りな声があったため。
ヒステリーを起こした女の怒鳴り声程不愉快なものはなく、迎えに出向いたのが不二であったならば顔を歪めて耳を塞いだであろう。
もっとも、不二でなくとも顔を歪めるに十分なヒス声であったが。
誰かが迷惑な事に喧嘩でも起こしているのだろう。
正直気は進まないが、リョーマを迎えに行くためにはそのヒス声を更に間近に聞かなければならない。
苦虫を噛んだような顔を見せる跡部だが、傍らの忍足も同種の苦笑を浮かべている。
そうする間にも女の声は止まず、キンキンと甲高い声を撒き散らし続けた。


「何も出来ない癖に!アンタなんかねぇ手塚様の気紛れでお傍にいられるだけじゃない!飽きられたら終わりよ!用無しよ!役立たず!」


ピクリと、跡部の眉が釣り上がった。
忍足をチラリと横目で見遣れば、同じく苦笑はなりを潜め厳しいまでの表情。


「跡部様や忍足様たちだってアンタが手塚様の腰巾着だから気に掛けてくださってるのよ!あぁ、それともアレ?それが目的で手塚様に言い寄ったの?キングダムの方々を侍らせてさぞ気分がいいでしょうね!メス猫!」

 

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