ピシュッ!と何かが一閃。
何事かと目をしばたかせる男子たちの中、最前列にいた者から悲鳴が上がった。
制服が、細切れに切り刻まれている。
目を見開いた取り巻きたちが忍足を今一度見遣れば、フワフワと揺らぐ羽衣の、その下には──手術用メス。


「な?解剖、されたないやろ?」


ニッコリと微笑んだ忍足。
ヒクリと顔を引き攣らせた男子たちが逃げ出したのは、その三秒後だった。













──side S


「なんやっちゅうねんホンマーッ!」


猛スピードで四階を駆け抜けていくのは、人魚姫こと白石。
その後ろには、黒々とした人だかり。
雄叫びを上げながら追い掛けてくる男子生徒の群れ。
半泣きどころか本泣きになりそうな様で走り抜けている白石だが、しかし。
廊下はいつかは終わる物。
目の前には、壁。
行き止まり。
後ろからは恐ろしいまでの形相をした男子の群れ。
ブチッと。
何かがキレる音がした。


「あーもう知らん。知らんで。ドタマきたわ!」


叫びとともに、白石の右手が左腕の布を引く。
ハラリと解かれたそこに覗いたのは、肘から手の甲にかけて描かれた漆黒の龍の刺青。
そして、クルリと反転。
迫りくる男たちへと自ら突進。
一番先頭の男子の顎を下から掌底。
そのまま半回転して脇の男の足を払い、その腹を蹴り飛ばせば後ろに続いていた三人が一気に吹っ飛んだ。
回転の勢いそのままに更にもう一人には肘を鳩尾へお見舞い。
それもまた数人を巻き込んで飛んだ。


「関西極道ナメたらアカンで!ドタマかち割ったるさかい!きぃや!」


ドレスを翻し、仁王立つ。
その様は凛々しいの一言だ。
そして数分後。
四階廊下には十人以上の男子生徒の気絶体が転がされた。













──side A


視聴覚室。
シアタールームもかくやとばかりの広さを誇るその一室。
そこに男子生徒二十人強が殴り込んだ。
そこには、一人の姫が優雅に鎮座していた。


「シンデレラだ!」

「跡部様!お覚悟!」


窓辺に足を組み、優雅な様で膝に頬杖を付くのは跡部。
迫り来る男子生徒たちを前に、フンと高慢な笑みを一閃。
高らかに掲げた手をパチリと鳴らした。


「──やれ。樺地」

「ウス!」

「げっ!樺地!」

「まっ!待て樺地!話せばわか──ぎゃーッ!」


鳴らされた指に促され、何処からかヌッと姿を現した樺地が追っ手の悉とくを室外へと放り投げる。
まさに最強のボディーガードだ。


「ご苦労だったな樺地」

「う……ウス」

「アーン?どうした」


掃除完了と同時に労いの言葉を投げた跡部を、しかし樺地は直視せず。
フラフラと宙に視線を彷徨わせる。
怪訝に眉を跳ねさせた跡部だが、樺地は無言。
言えるわけがない。
目のやり場に困っているなどと。
跡部が男なのは知っている。
解ってはいるが、格好と化粧が相俟って美女にしか見えないのだ。
ウブな樺地には些か目の毒という奴だ。
しかも跡部は忍足と同じく、常日頃から妙なフェロモンを発散している人種。
舞台上でこそ不二と幸村の恐ろしさに呑まれていたが、こうして単品となってしまえばその色気は顕著だ。
今だ視線を合わせようとしない樺地に怪訝に目を細めたまま、跡部の首が一度傾げられた。
女装している事を忘れている女装美人ほど性質の悪い物はないらしい。













──side sY


「……あぁ。いい香だ」


優雅な様でカップを持ち上げ、立ち上る香を楽しむ。
差し込む陽光鮮やかなここは、校舎脇に設置された植物園。
色とりどりの植物が所狭しと並ぶそこにいるは、茨姫こと幸村。


「やっぱり自然の中でのティー・タイムは格別だな」


ニコリと微笑む幸村。
その足元には。
昏倒した男子生徒の群れ。
そして、仁王立つ真田。


「……幸村。これは……違反なのではないのか?」

「何を言ってるんだ真田」


ボディーガードを務めて迫る追っ手の悉とくを瞬殺してきた真田だが、ゲームに於いて協力者を求めるは適当とは言えないのではないか。
至極当然の疑問を口にした真田に、幸村はカチャリとカップをソーサーに戻し。
ニッコリと鮮やかに微笑んだ。


「俺がルールだよ?」

「…………それは跡部の口癖では……」

「あぁ。紅茶が切れてしまったな。真田。ローズティー」


もはや幸村に聞く耳あらず。
艶やかなまでの微笑みでカップを差し出されれば、真田に逆らう術はなく。
スゴスゴと紅茶を注ぎに下がっていくのだった。
魔界の住人に常識は不要。













──side F


音楽室のピアノの前に、一人の姫が。
白雪姫扮する不二だ。


「白雪姫!」

「不二様!」

「見付けましたよ不二様!」


次々と雪崩込んでくる男子生徒の群れ。
その数十数人。
柔和な微笑みを浮かべる不二が、手慰みに遊んでいたピアノをパタリと閉じた。


「やぁ。やっと来てくれたね。待ちくたびれちゃったよ、僕」

「へ?」


追っ手が来たというのに至極嬉しそうに微笑んだ不二に、生徒たちが一様に目を丸くした。
不二には怯える様子も、ましてや逃げる素振りもなく。
更には追っ手に向かってカツカツと緩やかに歩み寄ってすら来る始末。
まさか諦めたのだろうか?
追っ手たちがそう、首を傾げた刹那。
フンワリと穏やかな微笑み。
そして。


「だって……ルーシー君がお腹空いたって言ってるからさ」

「ぎ……」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


不二の後ろから、漆黒のオーラが吹き出し。
更にそこから黒いローブを被り、巨大な鎌を掲げ持った髑髏がヌッと顔を出して。
不二と幸村の友人、魔界の王者ルシファー。
通称ルーシー君のご登場だ。
そのあまりの異様さに、目にしてしまった生徒たちが脱兎の如く走り去っていく。
所用時間、僅か三秒で音楽室は不二(とルーシー君)のみに。


「あーあ。みんな逃げちゃったねぇ?折角の食事だったのにね、ルーシー君?」

「カタカタカタカタカタカタカタカタ」

「ふふ。大丈夫だって。また直ぐ別の食事が来るから」

「カタカタカタカタカタ」

「うん。そうだね。いっぱい食べていいからね」


髑髏が歯をカタカタ鳴らし、楽しそうにソレと会話。
誰かコレを魔界に送り返してやっておくれ。
こっそり覗いていた一年生の男子が、恐怖に顔面蒼白になっていたのは全くの蛇足だ。













──side T


バタンッと荒々しい音とともに開け放たれた生徒会室。
同時に風のように舞い込む紅。
フワリと舞う裾を翻し、走り込んできた姫──手塚がギッと背後を振り返る。
そこには、二十を越える人の群れ。
本来ならば二十程度ならば簡単にノせる手塚だが、如何んせん格好が格好。
十二単はズッシリと重く、動きにくい事この上ない。
走るのすらやっとな始末だ。
そんな状態であればこそ、手塚に残された選択肢は逃走。
しかしそれもここまで。
生徒会室は校舎の最上階、その一番端。
袋の鼠だ。


「会長!」

「観念してください!」

「かぐや姫!」

「……貴様らいい加減にしろ」


手塚を追い掛けて生徒会室に雪崩込んだ生徒たちに、ギリと紅を引かれた唇を噛む。
元が美形であるだけに、憎々しげな表情も美しい。
思わず見取れ、頬を染めた男子たちに向け、手塚の手が表衣を鷲掴んだ。
そして。


「死にたい奴から来い。残らず冥土に送ってやる」


バサッと一番近くにいた男子へ表衣を投げ付ける。
咄嗟に対処し切れなかった男子はモガモガと衣に埋もれた。
その隙に手塚が走り込み、脇の男の腹を強打。
衣を翻しながら反転、衣に埋もれる男の頭を鷲掴み後ろに向けて放り投げた。
同時に投げ付けた衣を男から奪い、呆然とする男たちへと再び投げる。
ハッと男子たちが衣を目で追った直後に手塚が懐に入り込み、回し蹴り。
四人ほど巻き込んで吹っ飛んだ生徒を尻目に、手塚の手が乱れて頬にかかった髪をバサリと払い退けた。


「次は……どいつだ」


フワリと表衣を肩に引っ掛け、右手を腰に。
威風堂々と佇む手塚の凛々しさに、M気質の男子が鼓動を高鳴らせた。


「……姫じゃなくて……女王様だ……」


誰かがそう呟いた刹那。
ブチィッ!と野太い何かがブチ切れる音が響いた。













──side E


「姫様お待ちをー!」

「アリス様ー!」

 

4/6
prev novel top next


 
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -