仁王に同じく、柳生の口から出たのも女声。
流石は双子、特異な才能である。
そして、柔和な微笑みとともに発される毒。
柳生もまた十分に腹を括っているらしい。
いっそ晴れやかですらある。
「で、でも!男に権力しか見てないのは私たちじゃないわ!」
「そうよ。貴女が一番の悪女よ。かぐや姫!」
そうして、苦し紛れとばかりに白雪姫と茨姫が指差したのは、扇に顔を覆ったまま微動だにしなかったかぐや姫。
顔を見られて堪るかとささやかな抵抗に出ていた手塚だが、それもここまでらしい。
「顔なんか隠しちゃって。しおらしいフリしたって無駄よ!顔をお見せ!」
「……そんな台詞はないだろうが……!」
扇を下ろせと命ずる不二にビシリと手塚の額に青筋。
ボソリと悪態を付いてみるが、さぁさぁと促してくる魔王に勝てる筈もなく。
バチンッと手塚の手が荒々しく扇を閉じた。
途端、観客席から上がる「おぉ……」という感嘆の声。
手塚の機嫌は絶好調急降下だ。
「貴女なんか男どもに散々貢がせた揚句、さっさと月にトンズラじゃない!最悪だわ!」
「そうね。案外月でも男癖が激し過ぎて追い出されたんじゃなくって?」
クスクスと笑い合う茨姫と白雪姫。
ビシリと手塚の額に再び青筋。
「有り得るわねぇ。嫌ぁねぇ?」
「こんな女にだけはなりたくないわ」
「……貴様らとて似たようなものだろうが」
反論として初めて手塚が口にした台詞は、なんとも恐ろしくドスの効いた物だった。
観客の中から幾つかヒッと息を呑んだ声が聞こえた気がした。
「己の顔が悪いからと他人をやっかむな。貴様らの程度が知れる」
「何ですって!かぐや姫!」
「いい気にならないでちょうだい!」
女装だというのに手塚に演技など欠片もなく。
揚句には台詞まで自分風にアレンジ。
それはそれで面白いのだが、色々と夢が壊れそうだ。
「いい?アリス!あんな女どもだけにはなっちゃダメよ!」
「えっ!?あ……はっ!はい!」
「私たちみたいないい女になりなさい!」
「え……あの……」
「貴様らのような女に育ったならば先行きは破滅だな」
「言ったわね!」
「許さないわよかぐや姫!」
唐突に話を振られたリョーマからすれば、何が何やら。
それも当然。
手塚との会話から先、全て台本とは違ったからだ。
つまり、三人とも全てアドリブ。
かくいう手塚もノリノリである。
「それなら!勝負よ!」
「誰が一番いい女であるか、勝負しましょう!」
そして、雲行きが何やら怪しくなり始めた。
茨姫、白雪姫の二人がクルリと観客席を振り向く。
その手には、何処から取り出したか、マイク。
「では、これからミニゲームを行いまーす」
「タイトルは……」
「「プリンセスは誰のもの?愛の唇争奪大作戦!」」
幸村と不二が同時に読み上げたゲームタイトル。
劇参加者の役者も、観客も、全てがポカンと目を見開いた。
「これからお姫様たちが校舎内を逃げるから、観客の皆さんはそれを追い掛けてくれ」
「そして、姫たちの唇を一番最初に奪った者が勝者!さぁ、美しいプリンセスのキスを奪えるのはいったい誰だ!」
「優勝賞品はお好きな姫に一つお願いが聞いて貰えるんだ」
「あーんな事やこーんな事だって聞いて貰えるスペシャル特典!」
「ちょお待ち!何やそれ!」
「聞いてねぇぞテメェ!」
幸村と不二によるおぞましいばかりのゲーム。
勿論、参加者からすれば冗談ではない。
女装なんて屈辱を曝したばかりか、男に追いかけ回されるなど。
更に、万が一捕まれば……考えるだに恐ろしい。
身震いすらせんばかりの白石と跡部の叫びは、しかし魔王に聞き入れられ──る筈がなかった。
「え?何?文句あるの?」
「送るぞ?」
何処に!?
満面の笑顔で微笑む魔王二人に逆らえる者など、この場にいなかった。
☆
──side N
ゲームが始まって五分後。
男子生徒数名が化学室へと走り込んだ。
「見付けましたよ!仁王さん!」
「おーおー団体さんのご到着やのぅ」
長い髪をサラリと払い退けながら椅子に腰掛け、優雅に頬杖を付いているのはラプンツェル役の仁王。
クスクスと楽しげに笑う様は、美女としか言いようがない。
「ゆ……優勝の為です」
「う……怨まないでくださいね」
十人近くの男子がジリジリと仁王に近付いていく。
捕まれば、屈辱の男とのキスが待っている。
その上、願いを一つ聞かなければならないというオプション付き。
こんな状況では何を願われるか解ったものではない。
しかし、仁王は優雅に微笑んだまま微動だにしない。
「のぅ。お前さんら」
それどころか余裕綽綽に話し掛けて見たり。
クスクスと笑いながら男子生徒を横目で眺め、口紅の引かれた唇を吊り上げた。
「それ以上、近付かんほうがいいぜよ?」
「往生際が悪いですよ!」
「観念してください!」
「折角忠告してやったのにのぅ」
しかし、仁王の忠告虚しく。
男子生徒たちはジリジリとにじり寄ってくる。
やれやれと肩を竦めた仁王がニヤリと目を細めた。
瞬間。
──ビンッ
「え……?」
男子生徒たちの足に何かが引っ掛かった。
何事かと視線を落とした生徒たちの目に、ピンと張られた糸が。
そして。
「うわぁぁぁぁぁぁっ!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
糸が引かれた先から、薬品がギッシリ詰まった薬品棚がグラリと揺れて。
ドガシャーンッと凄まじい音を立てて倒れた。
ニッコリと、仁王の微笑み。
「な?近付かんほうがいいと言ったろ?あぁ、強酸なんかは抜いてある。安心しんしゃい」
薬品塗れになった生徒へ、鮮やかな微笑みが降り注いだ。
☆
──side Y
「参りましたね……」
三階を走る柳生が、独りごちる。
眼鏡がないため、視界が全てぼやけて動き難い。
何も見えないわけではないが、文字も扉も全てがボヤけていては動き回るも困難だ。
「せめて眼鏡だけでも返していただければ……」
カツカツと慣れないヒールを鳴らしながら廊下を走る。
幸いに、まだ追っ手はないが何時来ないとも限らない。
何処か安全な場所に避難しなければ。
そう足を速めた矢先。
「柳生先輩がいたぞー!」
「ベル様ー!」
「見付かってしまいましたか」
後ろから男子生徒の追っ手が。
これは一刻の猶予も許されないと、階段へ向かおうとした。
その瞬間。
「あっ!」
眼鏡がないために微かな段差を見落とし、ヒールが引っ掛かった。
短い声を上げて転倒すれば、男子生徒たちの追っ手が。
「柳生先輩!」
「捕まえましたよ!」
追っ手が追い付き、柳生の周りを取り囲む。
転倒した柳生がゆっくり身を起こせば、囲んだ生徒たちがゴクリと息を呑んだ。
優勝条件は、キス。
キスをしてしまえば、優勝。
さて我先にと手を伸ばしかけた生徒たちが、しかしその手はピタリと止まった。
「ぅ……!」
微かに呻き、足を押さえる柳生。
どうやら捻ったらしい。
しかし、生徒たちが手を止めたのは何も心配しての事ではなく。
痛みに顔を歪めた柳生のその表情にこそ。
眉を下げて苦しげに唇を噛み締めたその姿は、彼等の目にキラキラと星が舞って見えたとか。
「柳生先輩!」
「っ……なん、ですか」
「僕たちがアナタをお守りします!」
「は……はい?」
「さぁ!医務室へ参りましょう!」
「あ、あの!」
「ご心配なく!」
「僕たちが命にかけてもお守り致しますから!」
「は……はぁ……」
疑問符を浮かべながら腕を引かれるままに足を進める柳生。
柳生親衛隊の誕生だった。
☆
──side O
「忍足様!」
二階。
その廊下にて二十人近くに囲まれた姫が一人。
忍足扮する、織姫だ。
劇中から怪しげなフェロモンと色気を撒き散らしてくれた忍足に感化され、危ない道に走った男子生徒たち。
それらの勢い凄まじく、忍足は今廊下の壁際に追い詰められた状態。
壁を背に、ゆっくりと切れ長の瞳を持ち上げるその仕種もまた、色溢れる。
ホゥと見惚れたように幾つもの溜息が零れた。
「……あんな?自分らに言っといたるわ」
普段からして甘やかな声は、女装と相俟って何とも言えない色っぽさ。
ハイッ!と元気よく返事を返した取り巻きたちに、クスリと甘く艶やかな微笑みが向けられた。
「俺な?男に追っ掛け回される趣味ないねん。怪我、したなかったら────消え?」
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