生きているだけめっけ物という事だ。


「お茶でも淹れましょうか。越前さんとは比ぶべくもない味でしょうが、批判はご遠慮くださいね」

「手伝ってやろうか?」

「結構です。君がキッチンに立たれると何を混入されるか判りませんから」

「随分やのぅ」


立ち上がった柳生を揶揄する仁王がソファの背凭れに両腕を乗せる。
ダラリと後ろに垂れ下げた指先をプラプラと遊びながら大して気に掛けた風情もなく喉奥に笑みを殺した。
各々寛ぐ場所へと身を預けながら、気にかけるのは皆同じ場所。
隣室に向かう幾つもの視線が芳醇な香りの紅茶に向けられるまで、後三分。













小さな明かりにぼんやりと照らされた室内。
オレンジ色のテーブルランプが、陰影を濃く薄く揺らめかせて奇妙な雰囲気を形作るに一役買っている。
その中央に設置された大きなキングサイズのベッド。
学校の一教室である筈のそこは、あたかも個人の寝室であるかのような風情を醸し出す。
元々技術教室が建ち並んでいた五階を生徒会用に跡部が改装した際、手塚の意見によって作られた部屋だ。
曰く、ヤり場を作れと。
改装当時は全員がまだ二年であり、リョーマの入学前。
となればそれまで手塚が如何な女関係を気付いていたかが伺える一言だ。
とは言え、それは手塚に限った事ではないのだが。
そうして作られたヤり場──寝室は現在、専ら手塚とリョーマによって使用されるようになり。
今まさにこの時も例に漏れる事なく。


「……………」


辟易したような溜息を吐き出す手塚の腕の中には、ピタリと身を寄せるリョーマ。
宮野の家から戻ってこちら、片時も離れようとしない。
存在を確かめようとでも言うかのように手塚に密着する。
逆上した宮野によって手塚が襲われ、その場面を目撃してしまった事が堪えているのだろう事は想像に難くない。
それが理解出来ているからこそ、億劫な溜息は吐けど手塚の腕は決してリョーマを振り解く事はせず。
やりたいように、したいようにさせる。
本来ならば、あんな真似をする必要は皆無だった。
実際、隠しカメラや盗聴器を全員で捜索した際に、犯人の検討は大体付いていた。
隠しカメラは本棚に設置されており、それが仕掛けられたのは二日前の午後二時以降から三時半までの間。
二日前に生徒会室が無人になったのはその時間帯だけであり、午後二時には本棚に変化はなかった。
三時半には仁王が生徒会室に戻っており、手塚が戻ってきた四時過ぎには既に位置が変わっていた。
となれば、その間に設置が可能だった人物。
二日前は火曜日。
六限目とHRの真っ最中の時間帯だ。
その時点で、犯人は一気に絞られた。
六限とHR、何れかを欠席した人物はキングダムの人間を除き、全校で僅か二人。
一人は五限から腹痛を訴えて保健室で休んでおり、六限には早退。
二人目はその日、学校自体を欠席している。
このどちらかが犯人である可能性は非常に高い。
しかしこれらは飽く迄状況証拠であり、確固たる物的証拠は存在しない。
だからこそ仁王と不二に命じて潜らせたのだから。
ストーカーともなればパソコンやデータカードなどに撮影した写真を保存するケースが殆どだ。
データベースに潜り込めば、そのデータを確認出来る。
そして不二に確認させたのは電話の特定。
リョーマの携帯には無言電話の着歴があった。
それも毎日。
ともなれば、今日も掛けてくる可能性が高い。
電話を掛けておきながら喋らない人間などそうはいない。
回線が開いているのに音をださない電話があれば、ビンゴだ。
狙い通り、特定された犯人は当日学校そのものを欠席した人間だった。
確固たる証拠がなければ警察に突き出す事は出来ない。
仁王がデータ改竄を行えばデッチ上げる事は可能だ。
しかしそれはいつかボロが出る。
出所した後に逆恨みを買う可能性も高い。
だからこそ言い逃れも逃走も不可能な状態に追い込み、完全に打ち崩す必要があった。
過去のケースにもストーカー規制法により逮捕された男が、出所後に通報した女を殺した事件もある。
面倒ではあったが、これが最も有効であると判断しての行動だった。
逆上される事も勿論予想の範疇だった。
しかし、予想外だったのは、リョーマの反応だ。
あれほど取り乱すとは思っていなかった。
それが手塚の本音だ。
読み違えたのは手塚自身であるからこそ、好きなようにさせている。
口でこそ、何も言わないけれど。


「……ごめんなさい」


不意に、腕の中から零れる謝罪。
訝しげに視線を下ろせば、胸元にしがみつくリョーマが手塚を見上げていた。


「危ない目に合わせて……ごめんなさい」


目尻に震える水滴が、瞬きとともに白い頬に落ちる。
よく泣く女だ、と妙な感心を抱いた。


「何を勘違いしているか知らんが」


見上げてくるリョーマの顎を指先で持ち上げ、覗き込む。
琥珀の瞳が、フルリと震えた。


「俺は俺の為に動いたまでだ。貴様の為ではない。自惚れるな」

「っ……でも!」

「勝手に俺の物に手を触れればどうなるか。それを知らしめただけだ。俺はクズと所有物を共有する気はない。それだけだ」


言い募ろうとするリョーマを遮り、言い切る。
リョーマは手塚の物であり、他の者が許可なく触れる事は我慢ならないのだと。
傲慢で高慢。
暴君と呼ばれるに相応しい台詞。


「解ったなら二度と下らない事を言うな」


言い捨てて、さっさと目を閉じてしまう。
残されたリョーマはキュッと唇を引き結び、溢れ始めた涙を指先に拭った。
そして、逞しい胸に頬を寄せて。
瞳を閉じた。


「……ありがとう」


全ては自分の判断と自分の為。
だからリョーマには何の責任も関わりもないと。
冷たくも、そして横暴ですらある言葉に隠れた真意は酷く判り難いけれど。
瞳を閉じたリョーマの表情は憂いなく、酷く穏やかだった。






青春学園無敵のキングダムに守られた姫に触れる事は、何人たりとも不可能なのです。






END





→後書き

6/7
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