醜いとはいかないが、決して綺麗とも整っているとも言えない。
髪も黒く少し長めで、不二よりも少し短いくらいか。
一言で言えば、地味。
しかし、何より異様だったのは本人の外観よりもその室内だ。
部屋の壁という壁にリョーマの写真が張られ、引き延ばされたスナップ写真が天井やベッド脇に飾られている。
思わずリョーマ本人が目を逸らしてしまうのは当然の事だ。


「けしからんな。己の欲に走り我らに牙を剥こうなど片腹痛いわ。恥を知れ!」

「ひっ!」


鬼の形相としばしば形容される真田の恫喝。
恐怖に引き攣ったその顔は血の気が失せている。


「宮野博人……と言ったか」


腕に縋り付くリョーマを引き寄せ、片手で胸に抱き寄せながら手塚の瞳がストーカー男──宮野を一瞥する。
名を呼ばれて反応したか、宮野の首がギシギシと油の足りないネジの如く手塚へと向く。
そしてそこにリョーマの姿を見付け、宮野の瞳が苛烈に細まる。


「離せ……その手を離せェ!」


白石の登場にか、それとも真田の恫喝にか。
腰が抜けたまま立ち上がる事も出来ない宮野が、射殺さんばかりに手塚を睨めつける。
唾を吐きながら叫んだ宮野の目は血走り、ギリギリと歯を鳴らして。
白石、そして真田がゴミでも見るような瞳でそれを見下ろした。
しかし手塚はそんな瞳すら向けない。
ゴミ、否、クズ以下の存在と。
睥睨してやる事すらおこがましいと、その瞳は無色。
そのあまりの冷たさに、手塚を睨み据えていた宮野がヒュッと息を呑んだ。


「クズはクズらしく、俺の目の前をちらつくな。目障りだ」

「ぁ……あ……」


静かな、言葉。
白石のように含みを孕んだ響きもなければ、真田のようにビリビリと肌を震わせる恫喝もない。
にも関わらず、宮野の身体は硬直しガチガチと歯の根が音を立てた。
威圧感、とでもいうのだろうか。
この視線だけで人を殺せるのではないかと錯覚する。
怒気じゃない。
──殺気だ。


「これから貴様は警察に突き出す。生きていられる事を光栄に思え」


抑揚などまるでない。
まるで朗読。


「但し、居場所があると思うな。貴様の経歴、在籍証明、貴様のデータは全て抹消する。戸籍を残し、全てな」

「なッ……そんな……!」


齎された言葉に目を見開く宮野に、しかし手塚は柳眉すらも微動だにしない。
ただ淡々と。
しかし、嘲りの滲む笑みだけは口端に乗せて。


「戸籍だけは残してやろう。これからどう生きていけるのか……。見物だな」


戸籍以外の全てが抹消される。
それは義務教育中であるその学歴すらも消えるという事。
中学生であるからこそ学歴が消えるだけだが、しかし義務教育の学歴が抹消されるとなれば。
将来就職は愚か高校にすら上がる事も出来ない。
親の庇護下に居続けなければ生きていく事すらままならない。
それどころかストーカー罪で捕まったとなれば周囲からの目は想像に難くない。
仮に義務教育を初めから受け直そうにも、そんな世間の目に曝されながら学校など行ける筈がない。


「やめ……やめてくれ!お願いだ!それだけは!」


足へ縋り付いた宮野を一瞥し、手塚の足がその頭を蹴り飛ばす。
衝撃で宮野の口から歯が二本飛んだ。


「貴様はクズだろう。クズに戸籍があるだけ有り難く思え」


無情なまでの言葉は完全に宮野を打ち崩し、口から血を垂れ流しながらペタリと崩れ落ちる。
そうして間もなく。
遠くからサイレンの音が響いた。


「ほな。チェックメイトや」

「不様だな」


白石と真田が宮野の脇をすり抜け、扉を潜る。
続こうとリョーマの肩を促し踵を返した手塚。
その背中に。


「ぁ……あぁ……うわぁぁぁぁぁっ!!」

「手塚!」

「手塚さん!」


咆哮とともに突進してきた宮野。
その手には、先の鋭利な鋏。
咄嗟に声を張った真田と悲鳴を上げたリョーマ。
二人の声に僅かに手塚が後ろを顧みた。
刹那。


──ドッ!


「きゃぁぁぁぁぁっ!!」


絹を裂く悲鳴を上げ、リョーマが両手に瞳を覆った。
肉のぶつかる鈍い音が、妙に生々しく耳朶を叩く。
崩れ落ちるリョーマを、咄嗟に伸ばされた白石の腕が支えた。


「しっかりしぃ!」


ガクガクと震えるリョーマを抱き留め、白石が声を張る。
騒然となった室内。
目の前で死傷事件が──それも自分の為に恋人が刺されたともあればまともでいられよう筈がない。
涙を流しながら震えるリョーマを抱き留めながら、白石が深く歯噛みした。
ここに、忍足がいたならと。
しかし。


「……それで?クズが何の真似だ」

「……ぇ?」


朗々と響くバリトンヴォイス。
耳に馴染んだその響きに、リョーマのみならず真田と白石までもが目を見開いた。
逆上した宮野が手塚に突進し、その凶器に見慣れた知己が倒れている物と想像していた三人の目の前に、先と変わらぬ風情で悠然と佇む手塚の姿。
倒れるどころか、血の一滴すら見受けられない。
唖然と目を剥く三人と、そして誰よりも信じ難いと目を見開く宮野。
宮野の手に握られた鋏は振り返った手塚の脇に挟み込まれ、ソレを握る手もまた手塚の左手の中。
冴え冴えとした視線を突き刺す手塚が一瞬の間の後、その腕を一気に捻り上げた。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

「貴様如きクズが。俺に傷を付けられると思うな」


ミシミシと鈍い音とともに奇妙な形に曲がった腕を抱え、宮野が転げ回る。
鼻先に嘲笑を吐き捨て、今度こそ一顧だにする事なく背が向けられる。
涙に濡れた瞳で呆然と見上げるリョーマを見下ろし、硬質な美貌が口角を上げた。


「あの程度のクズに俺がどうにかなるとでも思ったか。バカ女が」

「っ!」


傲慢な、手塚らしすぎるその台詞に、言葉にならない声とともに大きな琥珀の瞳から溢れ出した涙。
拭う事も出来ずに手塚の胸に飛び込めば、しっかりと腰に回る腕の強さに。
また新たな涙がリョーマの頬を伝った。






◆◇◆◇







「で?結局逮捕させたってか?」


腕を組み、ソファに背を預けながら顛末を聞き終えた跡部が、確認の意を込めて四人を見渡す。


「せや。ストーカー規制法違反、及び殺人未遂?障害未遂?まぁそんなんや」


いつものように人好きのする笑みを浮かべた白石が、両手を軽く挙げて肩を竦める。
フゥンと溜息混じりの頷きを返した跡部はそのままソファに沈んだ。
あの後、駆け付けた警察によって宮野は取り押さえられ、事態は収拾した。
大変だったのは彼の母で、何かの間違いだと警察に取り縋っては泣き散らしていた。
確かに普通は息子が犯罪者になるなどと考えたくはないだろう。
結局、部屋の中の隠し撮りやパソコンのデータは証拠として押収され、宮野は連行された。
現場に落ちた鋏も証拠品となり、手塚を含めた四人の証言に基づいて障害罪も付加される事となった。
そうして、報告と休息を兼ねて生徒会室へと戻って来た。
取り調べや証言はリョーマの精神的負荷を考慮して翌日となり、明日には四人で今度は警察へ赴く予定だ。


「しかし。あの時は流石に肝が冷えたな」

「せやなぁ。ホンマにアイツ化けモンやって」

「あぁ。手塚が刺されかけたという話か?」


柳の問いには白石が苦笑で以て返答。
宮野に刺されかけたあの一瞬。
手塚は瞬時に身を捻って宮野の腕をホールド、更には動きを封じる為に手首をしっかりと掴み上げた。
後ろに目でも付いているのかと思える程の反応の良さだ。
茶化すように白石がそう言えば、さしたる興味も沸かないとばかりに鼻先に笑われた。
手塚曰く、宮野の脚力と身長、そして精神状態からどの辺りが狙われているかは大体予測が付いたのだという。
後は反射神経に物言わせた勘だそうだ。
流石、としか言いようがない。


「ところで。その件の手塚と姫は何処に?」


思い出したように周囲を見回す幸村には、真田と白石が顔を見合わせる。
そして、真田の面に浮かぶ渋面。
チラリと視線を生徒会室に隣接する部屋へと投げた。


「今は放っておくが適当だろう。……あれは女子供には衝撃に過ぎる」

「あぁ……そうか」


真田の口ごもる様に怪訝に眉を寄せていた幸村が、憂いを帯びた視線を隣室へと向ける。
結果から言えば手塚は無傷だったが、そのシーンそのものを目にしてしまった事が相当なショックであった事は疑いようもない。
ストーカー如きがリョーマの心を傷付けるなど、甚だおこがましい。
警察に突き出すなどと甘い事はせず、いっそ生きながらの死者と成り果てるくらいに痛め付けてやればいいものを。
物騒な思案を巡らせては顔を歪める幸村に、その思考が手に取るように解ったか不二が苦笑する。
同じく傍らにいた忍足も。
結局の所、リョーマに対する非道な行いを働いた者は同情の余地はなく。

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