「ここは学校ですし、見覚えのない方がいれば目立ちます。ましてや、手塚君は全校生徒に限らず教師に至るまで名と顔を覚えていますから。校内を歩いていても不信を煽らず、更には手塚君の目にも止まらなかった。ともなれば、年齢は我々の同年代から教師の方々の年代に限られます。元よりこういった行動を起こすのは三十代までの方が殆どですから。恋愛や感情の起伏が理性を振り切る程に激しいのは、十代や二十代の方に集中した特徴と言えます。まぁ、現在の犯罪事情を鑑みれば一概にそうと断定は出来かねますが、可能性は高いと思われますよ」


一切の資料なく、脳内に蓄積された知識のみでそこまでを分析し、柳生が細い息を吐き出す。
彼の癖として、集中すると仁王に対する呼び名が『マサ』に変わる。
その集中力の高さと人間心理に対する洞察力こそが、天才児と呼ばれる所以だ。


「但し、プロファイリングとは飽く迄確率論であり、犯人個人を特定する物ではありません。こういった現状であれば、そういった可能性が高い、といった程度の物です。確率論は推察であり、証拠に基づいた推理とは根底から異なります。そこをご理解ください」


プロファイリングとは、飽く迄捜査“援助”として生まれた手法。
それが正確であるとの確証はなく、行動学や犯罪心理学に基づく予測に過ぎない。
下手にそれを過信すれば、返って現状を悪化させてしまう危険性もある。


「成る程な。つまりそういう根暗野郎がリョーマをストーカーしてやがる可能性が高いって事か」


忌ま忌ましげに吐き捨てた跡部へ、柳生が頷く。
まだ予測の域を出ないが、柳生のプロファイリングは信憑性もある。
ともなれば、早急にその犯人を見付け出さなければならない。
こちらが気付いたと解れば、そういう手合いは何をしでかすか判らない。


「……不二。ドライバーを持って来い」

「は?何でドライバー?」

「持って来い」


不意に、今まで口を閉ざしていた手塚が不二を呼ぶ。
しかし、その真意が判らず怪訝な声が上がれば、強い口調によって促される。
肩を竦め、生徒会室の外の倉庫に向かった不二が、小さめの工具箱を手に戻ってきたのは、そのすぐ後だ。


「何に使うの?ドライバーなんか」


質問に答える事なく、マイナスドライバーを手に手塚が壁にしゃがむ。
いったい何なのかと脇から数人が覗き込めば、壁に嵌め込まれた白いコンセントアダプタが見えた。
そしてそれは、鈍い音ともに手塚の手によって外され、グロテスクな配線を露出する。


「……幼稚な手だな」


ドライバーの柄で配線を避け、手塚の指が何かを摘み出した。
小さな黒いチップのような外観。
小指の先程しかない、それは。


「盗聴器か」


柳の確認に、手塚は反応を返さない。
しかしそれこそが肯定であり、室内に苦い沈黙が落ちた。


「不二、幸村。キッチンも調べろ。ある筈だ」

「解った」

「了解」

「仁王、柳。リョーマの携帯もだ」

「あぁ」

「了解なり」

「忍足、跡部。本棚の上から二段目、三十三冊目から三十七冊目の間を調べろ。二日前から位置が変わっている」

「了解や」

「仕方ねぇな」

「白石、真田。窓に注意しろ。盗聴しているならば俺達が動いた事は知れている筈だ。逆上されたら面倒だ」

「承知した」

「任しとき」


それぞれに指示を出しながら、手塚は涙を零すリョーマの腕を引く。
縋り付くように手塚の胸元へと顔を埋めるリョーマの震えは、まだ収まらない。
窓際から離れ、入口に近しいソファへと移動する手塚に引かれるまま、震える身体がその膝上に下ろされた。


「何故何も言わなかった」

「っ……ふッ……めん……なさい……ゴメン……なさい……」


しゃくり上げながら謝罪を紡ぐリョーマに、しかし手塚からの宥めの言葉はなく。
泣きじゃくる姿を、ただ冴え冴えとした瞳で見上げるだけ。


「め……わく……ッ……ひっく……かけたく……なかっ……ッく……」

「何も聞かされないまま巻き込まれるほうが迷惑だ」

「ひっく……ごめ……なさい……ごめん……さい……!」


いっそ冷酷とも言える手塚の返答。
無表情であり、その視線も厳しい。
謝罪しか口に出来なくなったリョーマを見上げ、手塚の口から舌打ちが漏れる。
ビクリと跳ねた細い肩が、酷く頼りない。
手塚の瞳を直視する事が出来ないのか、俯いたまま涙を零し続けるリョーマに、手塚の手が伸びる。
そして、柔らかな髪を鷲掴み、強引に引き寄せる。
突然襲った頭皮の痛みに顔を歪める間もなく、リョーマの唇が手塚のソレへとぶつかった。


「んっ……」


驚きと混乱と。
大きな瞳を更に大きく見開いたリョーマが、数秒とせずに離された唇に瞳を揺らした。


「貴様は誰の女だ」

「え……?」

「俺の女だろう。この俺がお前の持ち込む事如きで迷惑を被る筈がない。自惚れるな」


傲慢なまでの台詞。
その響きも視線も、微塵の揶揄も偽りもなく。
手塚の言葉が本心からの言葉であるのだと物語る。
そしてそれは、リョーマの涙を止めるに十分な威力を持って。


「っ……はい」


涙を浮かべたままフワリと微笑むリョーマは、常のリョーマと変わらず愛らしく。
そして数日ぶりの笑顔だった。
リョーマが持ち込むような問題など、手塚にとって取るに足らない小さな物なのだから、さっさと言って来いと。
言葉は厳しいけれど、手塚が齎した言葉は確かにリョーマの涙を止めた。
不器用な優しさは、まだ健在らしい。













「キッチンに盗聴器が二個」

「携帯にもあったぜよ」

「本棚に隠しカメラもあったで」


デスクの上に散らばった盗聴器は五個。
更に隠しカメラが一つ。
そのどれもが量産品であり、販売している所も少なくないとのこと。
これらからの特定は難しい。


「盗聴器の電波を遡る事は出来んのか」

「無理やの。盗聴器とは決められた範囲であれば誰でも傍受出来るようにする代物なり。メガホン持って喋ってるのと一緒だな。誰が自分の言葉を聞いてるかなんて判らんじゃろ」


真田の意見は仁王がばっさりと切る。
ハッキングやデータ改竄のスペシャリストである仁王に否定されては、真田に反論の余地はない。


「どうにかして絞る事は出来ないのかい?」

「方法はあるにはある。だが、指紋照合や我々以外のDNAを採取するといった確実性のある方法では、我々には不可能……とは言わないが時間がかかりすぎる」


幸村の問いを受けて柳がチラリと忍足を見れば、ヒョイと肩を竦めた返答。
DNA照合ともなれば医学専攻の忍足の分野だが、設備や薬品が揃わなければ出来ない手法だ。
跡部が一声かければ出来ない話ではないだろうが、そもそもDNA鑑定には時間がかかる。
早くても一日は掛かるだろう。
それでは犯人に付け入る隙を与えかねない。


「手詰まりっちゅう奴か?」


白石が左手の包帯を弄りながら呟けば、シンと誰もが口を噤んだ。
確かに、現状では犯人を特定するのは難しい。
最も有効な手段はリョーマを尾行して怪しい人物を締め上げる事だが、囮紛いの真似はさせたくない。
何とか今の段階で犯人を特定したいところなのだが。
しかし、証拠が少なすぎる。
どうしたものかと誰からともなく溜息を吐いた。


「虱潰しに探せ」

「手塚」


リョーマの腰を抱き寄せたまま、手塚が輪の中に加わる。
目の前に散らばる盗聴器やカメラの数にリョーマの顔がサッと青褪める。
気分が悪いのか、手塚に寄り掛かりその袖を握り締めた。


「虱潰して……どういうこっちゃ」

「辞書でも引け。脳の皺が薄い奴に説明する謂れはない」

「阿呆!意味ぐらい知っとるわ!どないせぇっちゅう方法を聞いてんねや!」


噛み付く忍足を一顧だにせず、手塚の視線は不二と仁王へ。
ヒクリと二人の顔が引き攣った。


「ちょ……ちょっと手塚……?」

「お前さん……まさか……」


乾いた笑いを互いに見合わせながら、恐る恐ると手塚を見遣る二人。
ニヤリと、手塚の口角が釣り上がった。


「ほぅ?察しが付いているなら話は早いな」


嫌な笑みを二人に向けながら、手塚が嘯く。


「無理無理無理無理!絶対無理!アレ結構大変なんだよ!?」

「規模を考えんしゃい規模を!無茶にも程があろうが!」

「黙れ」


叫ぶ二人を睨め付け、低い恫喝が飛ぶ。
圧されたか、グッと口を閉じた二人に手塚が再び満足げな笑みを浮かべた。
不二と仁王、双方の口からは疲労を溜め込んだ深い溜息が吐き出され。
そして、手塚の命令が下された。

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