西棟から放たれたボウガンのスピードと距離、そして空気抵抗による失速の度合いとそれによる到達時間を全て正確に計算した上でなければ為し得ない暴挙だ。
恐るべき洞察力と判断力と言える。
それに、デスクという巨大な障害物を窓際に放る事でガラス片の飛散を阻み、更には他のメンバーが近付く事の出来ないようにしている。
不二や手塚のように、これが襲撃であると理解した上で窓際に近付くならば警戒のしようがあるが、他の者たちが好奇心や疑念で顔を出せば二撃目が撃たれた場合に被害が出る。
それすらも考慮に入れた手塚の行動は、正に的確。
IQ.210は飾りではない。


「何処んどいつや。こないな事しよる阿呆」

「あの、何か今凄い音が……」


忌ま忌ましげに呟いた白石に被るように、生徒会室脇のドアが開く。
専用キッチンでティー・タイムの準備をしていたリョーマが、慌てたように顔を出した。


「……どうやら、お前の客らしいな」

「え?」


ボウガンを手にした手塚が、リョーマに向き直る。
その手には、一枚の紙。
困惑したように手塚の手の中を覗き込んだリョーマが、ハッと口許を覆った。
傍らから覗き込んだ幸村もまた、不愉快に眉を顰めた。


「『エチゼンリョーマニチカヅクナ』。品性の欠片もないラブレターだな」


読み上げた幸村の声は、不快が強く滲み出て。
クシャクシャに皺の刻まれた紙に踊る機械的な文字。
パソコンやタイプライターなどで打たれた物だろう。
筆跡は解らない。
蒼白な顔でカタカタと震えるリョーマの腕を手塚が強引に引き寄せれば、ビクリと大袈裟に細い肩が跳ねた。


「この矢は今し方撃ち込まれた物だ。下手をすれば怪我人も出た。……これでもまだ何も話さないつもりか」

「っ……」

「言え。何を知っている」


口調や声音こそ常のまま齎される静かな恫喝。
ビクンと怯えるように震えたリョーマの瞳から、大粒の雫が零れた。


「っ……い……しゅうかん……前に……」


ポロポロと涙を溢れさせる瞳が揺れ、ポツリと小さな声。


「しゃ……しん……いっぱい……届いて……」

「写真?」


怪訝に眉を顰めた手塚に、リョーマが小さく頷き。
そして、震える指先で開け放たれたキッチンの棚を指し示した。
手塚が不二を視線で促せば、無言のまま不二の足が棚に向かう。
幾つかの引き出しを開いて行き、三つ目の取っ手を引いた時。


「うわ……。何これ……」


不快感も如実に眉を顰めた。
リョーマの背にしたデスクに目にした物を広げてやれば、その異様さが更に顕著となった。


「……隠し撮りか」


仁王の呟きは、恐らく的を射ているだろう。
笑顔で誰かと話す横顔、眠そうに目を擦る姿、体操着に着替える際の下着姿、机でうたた寝する寝顔、果ては手塚によって艶かしく身を暴かれている物まで。
全て被写体はリョーマであるにも関わらず、視線はレンズを見ていない。
つまり、被写体はレンズの存在を知らないという事で。
しかもそれがリョーマ本人に送り付けられている。
その不気味さと言ったら、さぞ恐ろしかった事だろう。
柳生の言う『何かに怯え、警戒している』とは、正にこれを指していたのだろう。


「そ……れから……毎日……しゃし……と一緒……に……手紙……送られて……」

「これだね?」


不二が棚から取り出したのは、優に二十はあろうという手紙の束。
バサリとデスクに広げられたソレの中身は、やはり不快な物。


『何時でも見てるよ』

『何時も傍にいるよ』

『何時も可愛いよ』

『どうして浮気するの?』

『どうして言う事が聞けないの?』

『愛してるって言ったくせに』

『浮気しないって約束したのに』

『売女(ばいた)』

『淫乱』

『嘘つき』

『嘘つき』

『嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき』


手紙の内容は常軌を逸していた。
中でも異質さを醸し出すのが、『嘘つき』と紙一面に印刷された物。
指先に紙を摘み上げた柳生から、深い溜息。


「少々、厄介ですね」

「何がだ」


呟きを耳聡く聞き止めた真田に、柳生が摘んだ紙を持ち上げて見せる。


「この手紙の主は……そうですね。善悪の分別が甘く、酷く自己顕示欲が強い。そして、感情の沸点が低い方です」

「要約すると、良い事か悪い事かも判別出来ない上に我が儘でキレやすいガキ、と言う事なり」

「……言い方は悪いですが、仁王君の言う通りですね」


呆れたような溜息とともに、柳生が再び眼鏡を持ち上げる。


「更に言えば、恐らくは夢想がちな方かと」

「つまり思い込みが激しくて妄想と現実の区別も出来ん莫迦ということぜよ」

「……仁王君」


茶々入れ、というよりも砕いて解りやすく要約している仁王に、柳生も浮かびそうな百万語を飲み込むしかない。
ゴホンと大きめの咳ばらいとともに、柳生が手紙の束へと向き直る。


「恐らく初めは越前さんに好意を寄せる男がいるのだという事をアピールしたかったのでしょう。しかし、やはりそれでは物足りないと、自分は貴女の傍にいるのだと主張し、こんなにも貴女を愛しているのだと教える為に写真を送り始めた」

「端迷惑な話やのぅ」

「しかし、手紙や写真を送る都度、夢想の中で送り主は越前さんと親密になっていった。または越前さんが手塚君に向けた表情や行動を自分に向けた物と転換する、もしくは勘違いをしていったのでしょう」

「キモいっちゅうに。ホンマ」

「しかし、飽く迄それは想像の中でしか存在できない願望ですから、現実に直面し、逆上したのでしょう」


手紙をデスクに戻し思案げに眺める柳生は、プロファイリングのプロたるソレ。


「恐らく、犯人は内向的で大人しく、他者との接触を好まない方でしょう。そして潔癖症か、または酷く短絡的。実質は酷く臆病な方で、パソコンやネットなどと日常的に触れており、それらから情報の大多数を得ている物と思われます。年の頃は大体我々と同じか、また二十代半ばまでと言ったところですか」


思案に耽りつつ弾き出されていく犯人像。
人間心理に基づいた柳生のプロファイリングは、たったこれだけの情報でもその人間の内面を浮き彫りにする。


「まず、他者との接触を好む社交的な方であればこのような隠し撮りを行う事自体が不可能と言えます。日常的にカメラを持ち歩く人間はそういませんから、突然持ち出せば目立ちます。それに、社交的な方が突然付き合いが悪くなれば不信感を煽ります。何しろ毎日のように越前さんの生活を覗いておられたようですし。しかし、今までそのようなお話は一切こちらへ届いておらず、犯人は盗撮を成功させています。元から他者との交流の少ない方であれば、その心配もなく、不信感もありません。こういった行動を起こす方は元々腰が重く、自らに自信を持てないという方に多く見られる事例です」


写真の一枚を摘み、一つ頷き。


「そして手塚さんと越前さんとの情事の物。他の写真がワンシーンに数枚撮影されているにも関わらず、こちらのものだけは一枚だけ。しかもピントがずれてぼやけてしまっています。これは犯人が冷静さを欠いた物と思われます。他者の情事に対する嫌悪感からか、または夢想の中で想いを通わせた筈の越前さんに裏切られたと憤慨しての事でしょう。内向的で他者との接触を厭う方に見られる、典型的な症例と言えます」


そして次に手にしたのが、手紙。


「これらの手紙には差出人がありません。恐らく直接投函された物でしょう。我々生徒会の人間は、よく学園のサイトの掲示板で行動が投稿されていると。そうでしたね?マサ」

「おぉ。喫茶店でリョーマと手塚がデートしとるのを見たとか、忍足がサロンで医学書を読んどったとか。結構書き込まれとるぜよ」

「となれば、越前さんの行動を逐一確認した上で投函していたのでしょう。下手な時間に訪ねて鉢合わせては元も子もありませんから。そして、越前さんの着替えを盗撮出来ている事からも、越前さんの席、時間割なども全て調べ上げているのでしょう。そして決まったアングルからの写真が多い事からも入念な下準備の上で撮影スポットを絞ったのでしょう」


一気に言い切り、乾いた口内を潤すようにカップが柳生の指先から運ばれた。

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