◆◇◆◇







トサリと下ろされた場所は肌触りのいいシーツの上だった。
見上げれば、硬質な美貌を持つ男。
見慣れた部屋の筈なのに何時までも慣れる気がしないと、リョーマの頬に朱が差し込んだ。


「何だ」


キュッと手塚の首に回された細い腕。
伸し掛かる男の重みを心地良く感じながら、リョーマが緩く首を振るった。


「いえ……。……初めても……ここだったな、って……」


怪訝そうに眉を寄せた手塚が可笑しくて、リョーマが小さく微笑む。
クスクスと笑うリョーマに手塚の顔が更に怪訝さを増したが、一呼吸の後には微笑む唇を飲み込んだ。
重ねた唇とともにスカートの裾から太股を撫で上げれば、ピクリと跳ねる細腰。
ゆっくりと唇を解放すれば、再び潤んだ瞳が手塚を見上げた。


「下らん事を言うその余裕がいつまで保つか、見物だな」

「ぁッ、や……」


スルスルと入り込んだ手塚の無骨な手が、下着の上から陰部を辿る。
ビクッと跳ねた身体のまま天井を見上げたリョーマが、逃れるように身をくねらせた。
ギシリとスプリングが鳴く度に、リョーマの鼻腔を手塚の香りが擽る。
手塚の部屋、手塚のベッド、手塚の枕、そして手塚の体温。
一ヶ月前と変わらないその感触の全てに身を震わせ、リョーマの唇から嬌声が響いた。













路地裏で三人の男に襲われ、見知らぬ男に助けられて。
混乱と恐慌のただ中に放り込まれたリョーマが連れ込まれたのは、見知らぬ家だった。


「あ……あの……」


男に掛けられた学ランの前を握り締め、警戒と不安も露わに下ろされたベッドの端へと縮こまる。
助けてくれたとは言え、目の前の男もまたリョーマにとっては見知らぬ男なのだ。
ビクビクと震えるリョーマを尻目に、男は何やらクローゼットを漁っている。
何をする気なのか、または何をされるのか。
恐怖も露わに再びリョーマの視界が涙に滲み始めた頃。
男がクローゼットをパタリと閉じた。
そして、同時にバサリと投げ寄越された何枚かの布。
大袈裟なまでに肩を跳ね上げて怯えたリョーマだが、寄越されたソレを恐る恐ると確認すれば困惑とともに男を見上げた。
投げられたのは一枚のシャツと数枚のタオル。
いったい何なのかとベッド脇に立つ男を見上げれば、不機嫌そうな瞳がリョーマを見下ろした。
そして、判らないのかと言わんばかりに眉を寄せられて。
入口とは別のドアを顎に示された。


「さっさとシャワーを浴びて来い。いつまでそんなみすぼらしい格好をしているつもりだ」

「え……?」


一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。
唖然と目を丸くして男を見上げれば、何度も言わせるなと睨まれる。
慌ててシャツやタオルを持って示されたドアを潜れば、小綺麗なシャワー室だった。
ここはマンションの一室らしく、男はここに一人暮らしなのだろう。
シャワー室には一人分の入浴道具が置かれていた。
何故ここに連れてきたのだろうとか、何故助けてくれたのだろうとか。
疑問は尽きないけれど、確かに男の言う通りいつまでもこんな破れた制服を着ているわけにもいかない。
真意は定かではないが、ここは好意に甘えようとシャワーのコックを捻った。
泥や埃に塗れた制服を脱ぎ、頭からシャワーを浴びる。
少し熱めに設定されたお湯が、一瞬肌を刺すような痛みを齎したが瞬く間に心地良さに変わる。
ピシャピシャとタイルを叩く水をぼんやりと眺め、ゆっくりとタオルを腕へと滑らせた。
三人組に路地裏に連れ込まれた時、本当に怖かった。
制服を引き裂かれ、太股を無遠慮に撫でられて。
腕を引かれ、胸を揉まれ、押さえ付けられ。
泣いても叫んでも止めるどころか至極楽しそうに笑い声を上げられて。
思い出しただけで、背筋がゾクリと粟立った。
身体中が拒絶反応を示したように震え、立っていることもままならない。


「っ……ふっ……」


一度止まった筈なのに、枯れる事のない涙がシャワーの雫に混じった。
小刻みに震える身体を抱きしめながら、ガクリと膝が落ちる。
喉が震えて泣き声も上げられない。
安心したからか、溜まり溜まった恐怖が関を切ったように溢れ出して。
蹲った腕の中で、引き攣った呼吸だけが水音に混じった。


「……それで。そうしていて身体は洗えるのか」

「っ!」


蹲る背中に突き刺さる抑揚のない言葉。
弾かれたように振り向いた入口には、腕を組んで縁に寄り掛かっている男。
風呂場の湿気に曇った眼鏡を欝陶しげに片手で外し、リョーマを見下ろす。
その瞳があまりに冷たくて。
ビクリと大きく震えた肩を隠すように、更に身を小さく掻き抱いた。


「……欝陶しい」


チッと、小さな舌打ち。
同時に、男がバスタオルを掴んだ。
何をする気かと疑問に思う間もなく、リョーマの身体は柔らかな布地に包まれ。


「きゃっ!ぃ……いやぁっ!」


軽々と男の腕に抱き上げられた。
身に纏うのは大判バスタオルだけ。
下着すら身に付けていない状態でシャワー室から連れ出されれば、内に蟠る恐怖がその熱を増した。
身体を抱える男の腕を払いのけようと腕を動かすが、震えたソレでは抵抗にもならず。
あっさりとベッドの上へと放られた。
スプリングがリョーマの耳元でギシリと鳴き、身体中が硬直した。
そして、二度目に鳴いたスプリングとともに沈み込むマットレス。
涙に滲む視界で頭上を仰げば、男の腕がリョーマの両脇を塞いでいた。


「ぃ……や……いや……」


涙を散らしながら首を振るう。
恐怖に彩られた瞳で許しを請うように見上げても、怖いくらいに綺麗な男の表情は微塵も揺らがない。
震えている事すら認識出来ない程に冷たくなった指先は、湯冷めの為か、それとも恐怖の為か。
ジッと見下ろしてくる男は微動だにしない。
数秒の、膠着。


「……面倒臭い女だな」


漸く男が発したのは、こんな台詞。
怒らせてしまったのかと、リョーマがビクリと震えた。
けれど男はリョーマの反応を歯牙にもかける事なく。
恐怖に赤みを失った小さな唇を、塞いだ。


「っ!」


驚愕と、恐怖と。
これ以上ないほどに見開かれた琥珀の瞳。
触れただけの接触はすぐに離れ。
呆然と目を剥くリョーマを、鋭利な瞳が見下ろした。


「そんなに騒ぐなら、俺の感触だけを覚えろ」


抑揚のない美声。
冷たい印象すら与える響きなのに、不思議な程に温かかった。


「男に触れられるのが怖いならば、俺に惚れろ。それなら問題はない」


なんて傲慢な。
普通ならばそう言われて当然の台詞。
けれどそれは。
暴漢に襲われた感触に怯えるリョーマを宥める為の、男なりの不器用な優しさ。
惚れた男に抱かれた感触ならば、怖くはない筈だから。
それだけを覚えて、あの感触は忘れてしまえと。


「いいな」


命令口調の、確認。
本来ならそんな目茶苦茶な命令、聞く筈もないのに。
気が付けば、頷いていた。
涙も震えも残っているけれど、恐怖心だけは奇妙な程綺麗に消え去って。
億劫そうな溜息を吐いているのに、触れてくる指先は酷く優しい。
口調は横暴なのに、その中に隠れた温かさ。
アンバランスなこの、不思議な男に。
沸き上がる熱とともに男の指先へと、自ら指を絡めた。






◆◇◆◇







モゾリと寝返りを打ったリョーマが、手塚の胸板に頬を寄せる。
腕枕として使用されている右腕は不自由な為、空いた左腕で煙草を一本摘む。
咥えるだけで、火は点けない。
雨は既に上がり、湿った空気の合間に星が見える。
指先に煙草を挟み、汗に張り付いた前髪を掻き上げた。


「……貴様は俺以外に扱える筈がない」


クッと、小さな失笑。
リョーマに手塚との馴れ初めを詰め寄っていた生徒会メンバーを思い出し、ベッド脇の棚から拾い上げたジッポを点す。
ジジ……と羽音に似た音を立てて、真新しい煙が天井に向けて昇った。
フゥと吸い込んだ煙を空気に還せば、螺旋を描いて昇る紫煙がグシャリと乱れた。


「こんなマゾ女を扱えるのは、俺だけだ」


白い頬に掛かる黒髪を払ってやれば、猫のソレのように擦り寄せてくる。
二口目に吸い込んだ煙は苦く、不味い。
細く吐き出した吐息とともに逃げ出して行く煙を見送り、そのまま煙草は灰皿へ。
そして、不味い煙の口直しとばかりに薄く開かれた薄紅の唇へと、遠慮も容赦もないキスを仕掛けた。






青春学園に於けるキングと姫は、こうして朝を迎えるのです。






END


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