害虫同然の下衆に散歩を妨害されて不愉快になった為、ここが強姦現場であった事をすっかり失念していた。
面倒な事になった、と舌打ちが零れる。
こういった状況の女は面倒臭い。
助けたわけでもないのに都合よく解釈しては付き纏ってくる。
もしくは散々泣き喚いて悲劇のヒロインを気取るのだ。
どちらになろうと手塚にとって面倒な事に変わりはない。
ならばさっさと立ち去るが吉だ。
煙を長く吐き出し、さっさと立ち去ろうと一歩踏み出した──が。
ふと少女の服が気になり、足を止める。
見覚えが、ある気がする。
むしろ毎日見ている物のような。
再び少女に視線を向ければ、その疑念は確信に変わった。
少女が着ていたのは、青学のセーラー服。
つまり、青学の生徒なわけで。
そのうえ手塚は少女に見覚えがない。
職務怠慢もいいところな手塚だが、千人近い生徒の顔と名前は全て記憶している。
IQ.210の頭脳は伊達ではない。
その手塚が見覚えがないという事は、つまり。


「……一年か」


再び、舌打ち。
これが在校生であれば問題はなかった。
キングダムの、しかもキングに逆らおうなどとは誰も思わないだろうから。
しかし新入生ともなれば別だ。
新入生はキングダムの影響力を知らない。
となれば、手塚の喫煙と暴力を目の当たりにしてチクらないとも限らない。
無知は時として最大の凶器である。
例えチクられたとしても教師連中くらいならば黙らせる事は簡単だ。
警察も煙に撒ける自信もある。
しかし、面倒な事態になる事は間違いない。
そうならないようにわざわざ入学式を使ってゲームを行い、学園に於けるキングダムの権威を新入生に示したのだから。
少女が今ここにいるということは、入学式にも参加していなかったという事。
と、なれば。
非常に厄介な事態である。
フルフルと華奢な肩を震わせて俯く少女は酷く頼りない物であったが、手塚からすれば庇護欲も何も浮かびはしない。
むしろこの少女をどう処理してくれようかと物騒な事を思うばかり。


「……おい」


兎に角、下手に口外せぬよう口を閉じさせなければならない。
それ以外の処置は後程たっぷりと考える事にしよう。
億劫さを隠しもしない舌打ち交じりの呼び声に、少女の肩が哀れな程ビクリと跳ね上がった。
カタカタと震える肩は収まらぬまま、ゆっくりと少女が顔を上げる。
そして。


「─────」


目を瞠った。
涙を溢れさせる大きな琥珀色の瞳は濡れそぼり、揺れるソレから零れ落ちる頬も白くまろい。
涙に引き攣った吐息を吐く唇も紅くポッテリと色付いて。
外見とその知名度から女に不自由などしたことのない手塚だが、これ程までに──人形のように愛らしい美貌を見た事は、ただの一度もなかった。
人形のように精巧でありながら作り物めいた美ではなく、それらが全て天然である事は疑いようもない。
目を見開いたまま微動だにしない手塚に不安を感じたのか、少女が更に身を縮こませる。


「ぁ……あの……」


フルフルと小動物のように震える少女の、果実の如き唇から聞こえたのは甘く掠れたハスキーヴォイス。
ハッと我に返った手塚が少女を見下ろせば、身を隠すように丸くなった腰のラインがその視界を覆った。
怯える少女を前に、手塚からは大きな溜息。
そして漸く手塚が起こしたアクション。
それは。


「きゃっ!」


自らの纏うブレザーを少女の肩に掛け、そしてその華奢な身体を抱え上げる事だった。













「成る程」


サァサァと細やかな雨の音とエアコンの稼動音が室内に満ちる。
ポツリポツリと語られる一ヶ月前の知られざる二人の出会い。
リョーマが語るソレは、生徒会メンバーにとって信じ難いものであった。
あの手塚が。
あの暴君にして傲岸不遜、他者の事など歯牙にもかけない冷徹非道なあの手塚が。
強姦魔からリョーマを助けたなど。
そして何より、何より彼等が信じられなかったのは。


──人に仕事押し付けて何晒してやがんだあのクソ野郎!!!!


コレである。
実際問題、あのゲームを言い出したのは手塚であり、計画したのも手塚だ。
だと言うのに張本人がサボってナンパとはどういう了見だ。
一様に怒りに眉をヒクリと跳ね上げるメンバーたちの心中は、推して然るべしという物だ。


「それで?その後は?」


沸き上がる怒りに拳を震わせつつ、取り敢えずはリョーマから話の全容を聞くべきと判じ、いつもと変わらない微笑みを浮かべた不二が促す。
余談だが、この時不二と幸村は互いにアイコンタクトによって手塚抹殺同盟を設立した。
不二の促しに同調し、再びメンバーの視線がリョーマへと集中する。


「えっと……それ……からは……」


やはり現在の恋人との出会いを語るのは恥じらいがあるのか、リョーマは終始頬を赤らめたままだ。
それも十分に可愛いのだが、メンバーたちからしてみれば話の先の方が重要だ。
ここで手塚の弱み、ないしは何か付け入る隙でも見付かれば、リョーマを奪い取るチャンスも生まれてくる。
一様に話の続きを待つ男たちの視線に気圧され、リョーマの瞳には既に薄い膜が。
あまりにメンバーたちの気配が鬼気迫る物と言う事と、羞恥心から既に半泣きだ。


「そ……その……後は……」


キュッとスカートを掴みながら話を切り出したリョーマに、何処からかゴクリと期待に喉を鳴らす音が響いた。
そして、学園最大の謎が紐解かれる。
──その時。


「ほぅ?貴様ら、随分と面白い話をしているな」


ガチャリと金属の動く音とともに響いた低いバリトンヴォイス。
数人の男の肩がビクリと跳ね上がり、リョーマの瞳が喜色に色付いた。


「て……手塚……」

「手塚さん!」


振り仰いだ先には、開け放たれたドアに肩を凭れ掛け、腕を組んだ学園最強のキング。
笑みを描く口許とは裏腹に、瞳は怜悧に細められて。
気迫、というかオーラとでも言うべきか。
兎に角そこから発される空気は酷く冷たい物であり、生徒会面々の口からは乾いた笑いが零れた。


「手塚さん」


一人嬉しそうに破顔するリョーマがパタパタと手塚の元へ。
しかしその小柄な体躯はソコへ到達する前に手塚によって引き寄せられ、同時に指先に仰のかされた顎。
息を吐く間もなく上から降りた唇によってリョーマの愛らしい唇は塞がれ、うっとりと細められた瞳も瞬きの間に瞼に覆われた。


「ん……ンぅ……」


腰に回された手塚の腕が強まり、リョーマの華奢な体躯はあっさりと逞しい腕に抱き込まれる。
ピチャリと時々聞こえる水音と濡れた吐息が、そのキスの深さを雄弁に物語っていて。
その場に居合わせた者たちは一様に笑顔を含みある物にしたり、歯噛みしたり、拳を握り締めたり、怒鳴り散らしたり。
横目でメンバーたちの反応を見渡す手塚が、嫌味な笑みを零した。


「貴様らが何を嗅ぎ回っているのか知らんが。二度と妙な詮索はしない事だ」


ペロリと見せ付けるようにリョーマの唇を舐めて手塚が身を起こせば、クタリと小さな身体が手塚へと凭れた。
キスだけだというのにリョーマの頬は薄紅に染まり、大きな琥珀の瞳は淫靡に濡れて。
そして何より、薄紅の唇はその赤みを更に増して艶かしく、そして濡れた吐息を繰り返している。


「手塚……。どないなテクしてんねや」


憎々しげに吐き出された忍足の呟き。
キスだけであれだけ感じさせるとは、手塚恐るべし。
華奢な腰を抱き込む手塚がフンと嘲るように鼻先に笑った。


「行くぞ」

「ン……はい」


トロリと蕩けた瞳でコクリと頷くリョーマ。
勝ち誇ったように笑む手塚がリョーマを促し、扉から離れていく。
生徒会メンバーたちに向けて小馬鹿にしたような笑みを投げる事は忘れずに。
パタン、と気の抜けた音とともに消えた二人の背中。
一瞬、静寂。
そして。


「はっら立つわーっ!!何やのアイツ!」

「何だあの笑いは!アレは俺様にだけ許されたキングの笑みだぞ!アーン!?」

「どうしよう。本気で手塚ムカつくー。幸村、どうしてくれようか?」

「呪うなんて生温いな。生き地獄でも味合わせないと気が済まないよ」

「アカン……。ホンマに三枚に卸したろか?あんゴンタクレ」

「けしからん!何なのだあの態度は!」

「ふむ。手塚に対する報復に最も適した手法は何か……」

「なぁヒロ。人を殺しちゃならんなど誰が決めたぜよ」

「……彼にならば許されるのでは?むしろその方が我々の精神衛生上よろしいかと」


口々に不平を叫ぶ生徒会メンバーたち。
怒りやら嫉みやらその他諸々の叫びは、シトシトと降る雨音を掻き消し。
生徒会室の窓を割らんばかりの絶叫となって校内に木霊した。





 

3/4
prev novel top next


 
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -