思わず和みそうになった跡部だが、ここは答えを得るまでは引けぬと気を取り直す。
気付けば食事に付いていた者たちの視線も皆リョーマへと集まっている。
ソファで帰らぬ人となった筈の忍足までもが再生し、リョーマを凝視する始末だ。
集まる視線に気付いてか、リョーマの瞳が揺れる。
チラリと見遣った奥の席は、やはり変わらず空白のままで。
一抹の寂しさを胸に過ぎらせながら、リョーマが逃れるように窓を叩く水滴を追った。













──一ヶ月前──


桜舞う麗らかな晴天の元、真新しい制服を纏った新入生が次々と校門を潜って行く。
入学式という事もあり、在校生の姿は疎ら。
恐らくは生徒会や委員会役員のみが新入生の案内や入学式の進行役として登校しているのだろう。
慌ただしく走る生徒たちの姿が、チラホラと校舎を横切っては消えていく。
そんな中、しめやかに行われる筈の入学式は──無茶苦茶だった。
壇上に上がった生徒会長の言葉。
本来なら入学した新入生を歓迎すべき祝辞であるべきソレは、予想だにしない形で発せられた。


「この学園に居たいならば、生徒会は絶対だ。逆らう事は許さん」


まず述べられたのは、ソレ。
堅苦しい挨拶が来るのだろうと欠伸を噛み殺していた新入生たちが、唖然と目を見開いた。
そして。


「それから。貴様らがこの学園に耐え得るか否か、これからゲームを行う。この程度でくたばるような無能は必要ない」


そして生徒会長の傍らから現れた亜麻色の髪をした青年によって、ゲームの説明なる物が行われた。
曰く、ゲームの内容は校舎を舞台とした宝探し。
宝にはそれぞれ要求が書かれており、クイズであったり借り物であったり、更にはバック転や円周率を三十個まで唱えろ、などの技術を要する物もある。
そして宝の要求に従い、ソレらを持って、または披露して生徒会の人間からの合否を仰ぐ。
内容はザッとこんな所である。
勿論、新入生からしてみればそんな無茶苦茶な要求に困惑やら憤慨をするのが当然であるが、教師や在校生たちの必死の懇願によりゲーム開催と相成った。
こうして、新入生たちはキングダムによる絶対王制の一員となるべく走り出したのだった。










一方。
入学式に於いて無理難題を提示した生徒会長の姿は、既に校内になく。
活気を持ち始めた町並みの中。
自分で言い出した暇潰しではあったが、それによって生徒会室は愚か屋上も新入生のフィールドとなってしまった。
これでは煙草も吸えないし昼寝も出来ない。
この手塚、喫煙は勿論のこと飲酒すらも常習犯である。
何しろ生徒会室には灰皿も常備されており、そのための強力な空気清浄機も導入した。
更には手塚のみならず生徒会の人間はほぼ全員酒を嗜む為、生徒会室脇には専用の酒蔵まである。
余談ではあるが、酒蔵の中には跡部がフランスやイタリアから取り寄せた高級ワインが所狭しと並び、総額は優に五十万以上である。
しかし教師や保護者連にバレないようありとあらゆる趣向が凝らされている為、飲酒も喫煙も発見された事はただの一度もない。
頭脳明晰で権力と金のある人間が違反を犯す事ほど厄介な物はないのだ。


「……暇だ」


スポーツショップや百貨店、電気屋などなど。
ズラリと店やビルが建ち並ぶ通りを歩き、気紛れに脇道へと入る。
メインストリートから一度外れれば、人気は一気に引き行き交う人影は疎ら。
ポケットからソフトケースの煙草を引っ張り出し軽く振れば、狙い澄ましたように一本だけがヒョコリと頭を出してくる。
それを咥えて反対のポケットに入れておいたジッポに火を点け、煙を燻らせる。
フワフワと間の抜けた風情で先から昇る煙をフゥと吹き飛ばせば、ニコチン独特の臭みと苦みが鼻腔を擽った。
右手をポケットに再び忍ばせて歩いて行けば、所謂地元スポット的な場所に出る。
小さな看板しか出さないが味は格別、などという『知る人ぞ知る名店』的な風情漂う裏道だ。
この辺りはそんなに警察や補導員もいない為、制服のまま煙草を咥えていても問題はない。
まぁ、現実問題として手塚の外見では補導される事はまずないのだが。
青春学園の制服はボタンが内側に隠れ、表地にラインが引かれたデザイン。
そのため、前を全開に開けていればスーツに見えない事もない。
手塚にとっては何とも好都合である。
煙草の煙を吐き出しながら宛てどなく歩き、時折携帯を開く。
メールは生徒会役員たちから。
現在何人が合格した、という報告だ。
仁王に至っては『かったるいからフケる』との報告だったが。
恐らく暫くしたなら跡部辺りも抜けるだろう。
アレも面倒事は好まない性分だ。
パチリと携帯を閉じて道を曲がれば、薄暗い路地裏に入り込む。
路地裏と言えば良からぬ輩が屯ろしていると想像する者が多いが、実際そんな事は少ない。
むしろそういう手合いは人通りの多い場所で人込みに紛れているものだ。
木を隠すなら森、という原理である。
よって、路地裏は人気の少ないただの休憩所。
もしくはヤり場だ。
ホテルや車に連れ込む者も少なくないが、路地裏は強姦や青姦には都合がいい。
人気もなく薄暗い。
そのうえ狭いから逃げ出そうにも行動も制限される。
更には金もかからずとくれば、連れ込むのにこれ以上の好条件はない。
とはいえ、こんな朝っぱらからそんな莫迦はいないだろうが。
半分程短くなった煙草から灰を落とし、入り組んだビルの隙間を進んで行く。
日が当たらない為に湿気が溜まり、ジメッとした空気が地面を湿らせる。
そうして、少々薄暗い散歩道を進む手塚の前に、本物の莫迦たちが現れたのはその直後だった。


「…………………」


フゥと吐き出した煙の向こうには、三人程の男。
髪色は茶や金であり、服装は如何にもな感が漂う。
所謂、チャラ男風である。
その男たちの中心には、小柄な少女が一人。
群がる男たちに服は無残にも引き裂かれ、スカートも捲り上げられて。
愛らしいであろう容貌は涙に濡れて、必死で拒絶の言葉を叫んでいる。
つまり、こんな朝っぱらから強姦をする莫迦などいないだろうとの考えは、見事に外れた。
手塚の脳内で、莫迦の行動は予想不可能との結論が出された。
そして、次に考えたのは自分の取るべき行動。
やはりここは、このまま見なかった事にして引き返すべきだろう。
関わる気は更々ないし、ましてや見ず知らずの女を助けてやる義理はない。
むしろ知り合いであっても助けるなど有り得ない手塚である。
当然の判断だ。
だがしかし、その判断には重大な難点がある。
当然女を助ける気はないし、莫迦どもの悪事を正す気もない。
けれど、引き返す事は手塚には出来なかった。
何故なら。


──ドカッ!


「邪魔だ。下衆が。通れんだろうが」


こんな下衆の為に、何故この俺が道を変えなければならない。
手塚が引き返す訳に行かなかったのは、実にこの為。
助ける為でも正義の為でもなく、たかだか莫迦三人の為だけに道を変えるのが気に食わなかったから。
と、なれば手塚の取る行動は一つ。
道を塞ぐ莫迦どもを、蹴散らせばいい。
長い脚で一番近くにいた男を蹴り飛ばし、傲然と言い放つ。
暴君万歳である。


「ンだテメェ!」

「邪魔すんじゃねぇよ!このクソジジィ!」

「………………」


ピクリと、手塚の眉が跳ねた。
殴りかからんとする男たちはどう見ても高校生か、それ以上。
つまり、手塚より年上なわけで。
一人が手塚に向かって拳を突き出せば一歩脇に踏み込んで身を躱し、同時に男の手首を掴んで捻り上げる。
そして、男の後ろから拳を振りかぶっていたもう一人に向け、咥えていた煙草を吐き出した。


「ギャッ!」

「いぃぃぃだだだだだ!!!!」

「頭が悪いうえに目も悪いとはな。カスの分際で吠えるな。欝陶しい」


ジュッと鈍い音とともに眉間に煙草を受け取った男が短い悲鳴を上げ、腕を捩られた男からは情けない叫び。
それらへ向け、唾棄するかのように吐き捨てる。
ジジィ呼ばわりにより、退かすだけに留めてやろうとの慈悲は鮮やかに翻り、項目は抹殺へと変更された。
手塚が捻る手をパッと離せば、叫びを上げた男がよろめく。
ソレが倒れる前に腹を蹴り上げて煙草に呻く男の元へ吹き飛ばせば、二人仲良く近くの壁に激突し意識を飛ばした。
恐らく肋骨や腕の骨は二、三本折ったかもしれないが、死にはしないだろう。
男にぶつかって尚も細い煙を上げる煙草を踏み潰し、新たな煙草を口に咥える。
散歩を再開すべくジッポに火を点せば、モゾリと視界の端で何かが動いた。
まだ意識のある奴がいたのかと視線だけをそちらに投げれば、引き裂かれた服を胸元にかき集めて泣きじゃくる少女が。
そこで漸く、少女の存在を思い出した。
この手塚、興味のない事は綺麗さっぱり忘れる性分である。

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