プライドがエッフェル塔をも遥かに凌駕するあの手塚が、恋人に子供扱いなどされたのだ。
それこそ怒り心頭であっただろう。
──今の手塚が怒ったところで大した迫力はないのだが。


「でも、それならお洋服を新調しないといけませんね」


会長デスクに埋まったまま腕と脚を組んで眉を寄せる子供へ、リョーマが気遣わしげな視線を注ぐ。
普段の手塚がこのポーズをとったなら畏怖を抱くばかりの威圧感を感じるだろう。
しかし残念ながら今の手塚が実行しても不思議な微笑ましさを感じるだけ。
何故だろう、手塚に和むなど初体験だ、とはキングダムの心の声。


「このままじゃ動き難いですし……危ないです」


手塚の両腕と両足からヘナリと力尽きている袖と裾。
組んだ両手脚からヘロリと力無く垂れ下がる布地。
それが何よりも微笑ましさを醸し出している。
ついでに、笑いも。


「……ころすぞ、きさまら」


ジロリと笑う面々を睨めつけるクリクリとつぶらな瞳。
まるでチワワだ。


「あの凶暴な手塚でも可愛いげあったんじゃねぇか」

「昔は可愛かったんだよねぇ」


ヒソヒソと言葉を交わす跡部と不二が、更なる含み笑い。
現在とのあまりの違いに、暫く彼等の笑いは収まりそうにない。


「手塚さん。どうしますか?お洋服、買ってきますか?」


服ぐらいであればリョーマも縫う事が出来る。
しかし、この場に使える布はない。
流石にいつ元に戻るとも知れない手塚の制服を、子供用に切り刻むことは出来ない。
そうなれば必然的に子供用の衣服を新調するしかない。
心配げに手塚と目線を合わせるべくリョーマが細い膝を軽く折る。
リョーマからすれば無意識に目線を合わせたに過ぎないのだが、手塚の癪には十二分に障った。
ギッと大きな瞳を細めてリョーマを睨む子供。


「そんなものはいらん」


怒っている。
確実に怒っている。
が、ただ可愛いだけである。


「でも、そのままじゃ動けないですよ?転んだら大変です」

「がきあつかいするきか、きさま」

「そんなつもり……」


明らかに何処からどう見てもガキだろうが。
手塚の発言にいったい何人がツッコミを入れただろうか。
反論もツッコミも入れずに応対するリョーマは、流石としかいいようがない。


「とにかくおれは、がきのふくなどきないぞ」

「……解りました」


舌足らずな反論に、リョーマがシュンと俯いた。
悲しげな横顔が、手塚を気遣わしげに見詰める。
そうして、リョーマは本日二度目の驚愕を周囲に撒き散らしてくれたのだった。
白い腕がユルリと伸ばされ、椅子に埋まる子供に触れる。
そうして──持ち上げた。
ヒョイッと効果音が付くように。


「それなら、移動の時はこうしますね。これなら裾も踏まなくてすみますから」


小さな手塚を自らの胸に招き入れ、ニコリと微笑む。
そう大きくはない胸の狭間に手塚の頭を招き、子供の体には労るような所作で両手を回す。
完全な、抱っこ状態。


「…………………」

「…………………」


その場に佇むものたちの脳が、活動を停止した。
そうして僅かに回復した数人の脳が導き出した感想は。
『羨ましい』とか『役得だ』とか『いい匂いしそう』とか『柔らかそう』とか。
どうやら回復した脳もまともに働いてはいないらしい。
それだけ衝撃的な事が目前で起こっている。
それこそ、あの手塚ですらフリーズを余儀なくされるほどに。


「じゃあ俺、お茶の準備してきますね」


周囲の微妙な空気など何処吹く風。
図太いのか鈍いのか──恐らく後者だが──ゆっくりと手塚を椅子に下ろし、リョーマがニッコリ。
誰の返答も待つ事なく、颯爽とスカートを翻して愛らしい容貌がキッチンへと消えた。


「………………」

「………………」


残された沈黙組。
椅子に埋もれた手塚など、目を見開いたまま微動だにしない。
コッチコッチ。
時計の音がやけにデカい。


「僕……子供服……買ってくるよ」

「……せやな……俺も行くわ」

「否やは受け付けませんよ?」


不二、白石がゆっくりと立ち上がる。
目下、子供服の調達のために。
このままブカブカブレザー姿の子手塚を眺めているのも目に楽しいのだが、如何んせん精神的衝撃が色々大きすぎる。
主にリョーマの行動が。
そのうえ移動の度にリョーマに抱き上げられるなど羨ましいにも程がある。
そんな嬉しい目になどこれ以上合わせて堪るか。
健全な恋する男子中学生は、存外あざとかった。
不二と白石の背を見送りながら手塚へ釘を刺す柳生だったが、返る返事はない。


「………………」


当の手塚は疲れたようにペチリと紅葉のような手を額に当てて項垂れるばかり。
どうやら本人からの拒絶は、なさそうだ。






そうして一時間後。
子手塚は不二と白石の着せ替え人形と化し、本日二度目となる甲高い怒声を響かせたのだった。






はてさて。
最強キングの運命や如何に?




-END…?-





→後書き

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