突然泣き始めた事への驚きよりも先に、リョーマの小さな胸がチクリと痛んだ。


「……泣かないで」


気付けば手が伸びていた。
小さな手を取って、ボロボロと次々に零れ落ちる涙に指を伸ばす。
ワァワァと泣き喚く少年の髪を梳き、小さな頭を撫でた。


「一緒にママ、捜そっか」


宥めるような声音。
撫でた髪はサラサラと指の隙間を零れ落ちては、濡れた丸い頬に張り付いていく。
それらを丁寧に整えてあげながら、赤くなってしまった少年の目尻を緩やかに親指の腹で撫でた。


「二人で捜せばきっと見付かるよ」


それはきっと子供に向けているようで、自分自身にも言い聞かせていたのだろう。
手塚と逸れたリョーマと、母親と逸れた子供。
握った手は仲間の証。


「だから、泣いちゃダメ。すぐにママ、見付かるから。ね?」


グシグシと涙を拭う少年が、しゃくり上げながらコクリと確かに頷いた。
安堵を浮かべ、リョーマの手が再び少年の頭を撫でる。
そうして、異色のペアの出来上がり。
目指すは、互いの大切な人。













あれからどれほど経ったのか。
少なくとも三十分は過ぎた筈。
カランと石畳に響く下駄の音。
小さな手を目一杯伸ばしてリョーマと手を繋ぐ子供。
二人の捜す人は、なかなか見付からない。


「ねぇ?ママってどんな人?」


そもそもの問題として、リョーマは少年の母親を知らない。
それでは見付けていたとて解らない。


「……ママはね、とっても綺麗なの。真っ黒な髪でね、すごく優しいんだ」

「そっか。素敵なママなんだね」


泣き跡の残る赤くプックリとした目尻を嬉しげに綻ばせてはリョーマを見上げる子供。
その姿を見ているだけでこちらまで幸せな気分になるから不思議。
クスクスと釣られてリョーマが微笑めば、子供は頬を赤くしてまた嬉しそうに笑った。
けれど黒髪の美人、としか情報はない。
黒髪はともかく、美人の定義は人それぞれであり曖昧だ。


「じゃあすぐにママだって解る事って、何かある?」

「んー……ママとパパはいつも一緒にいるよ」


仲睦まじい夫婦なのだろう。
そうなると少年の母親は黒髪で美人で少年の父親と一緒にいる、と。
やはり、漠然とし過ぎた特徴。
手を繋いで歩く道すがら、ソースやバターの香が鼻孔を擽る。
夕食を摂らずに赴いた祭。
きっと手塚は腹を減らしているだろう。
早く合流しなければ。
そして何より、早くこの子を母親に会わせてあげなければ。
自由な手で衿を握ったリョーマが、切なげに瞳を細めた。
迷子となって寂しいのは、自分よりこの子なのだ。
しっかりしなければ。
自身を激励し、少年へと視線を転じた。


「そういえば、僕、名前は何て言うの?」


無言のまま歩いていては不安感を煽るだけ。
何か話題をと探したが、気付けばリョーマはまだ少年の名を知らない。
会話の種にもなると少年を振り向き、話題を問うて見ればピタリと少年の足が止まった。


「……まま……?」

「え?」


そうして、ポツリと零れ落ちた言葉。
鈍色の瞳を真ん丸に見開き、その視線は前方の人混みを一心に凝視。
瞬間、少年の手がリョーマから逃れた。


「ママ!」

「あっ!」


喜色に頬を染め、走り出す。
人混みの中へ。
反射的に追い掛けようと手を伸ばせば、行き交う人の中で子供が一度クルリと振り向いた。
そうして、ニコリと大輪の微笑み。


「僕の名前は、国親だよ」


人々の熱に埋もれ、喧騒渦巻く中で不思議なほどにはっきりと、それはリョーマへと届いた。
少年が瞳を細めれば、誰かとよく似た面差し。


「もうすぐ来るから、もう大丈夫だよ」


幼い容貌が綻び、小さな手が頭上で精一杯振り乱される。
けれど、瞬きとともあどけない面差しがフニャリと綻び、ヒマワリのような笑顔が零れた。


「──またね!ママ!」


大きく振られた手。
仁平の袖が翻る。
カランと下駄が一つ聞こえて、瞬間、子供の姿が雑踏へ消えた。


「くに……ちか……?」


少年の名が、知らず唇をこぼれ落ちる。
そして少年──国親の残した最後の言葉が、耳朶に木霊した。



『またね。“ママ”』






◆◇◆◇







リョーマが不思議な少年と別れてから、僅か二分ほどして。
リョーマを捜索していたらしいキングダムの面々と合流した。
少年の言った通りに。


「…………」


そうして、祭からの帰り道。
ふと見上げた空は遠い。
けれど。


「……何をしている」


立ち止まったリョーマに気付き、肩越しに振り向いた手塚。
億劫げな口に合わず、その足はリョーマを待って立ち止まったまま。
クスリと、穏やかな微笑みに琥珀の瞳が細められた。


「いいえ」


ゆるりと首を振るって、手塚の傍らへ。
見上げた先には、不愉快げな男の顔。
握った腕は逞しくて。
自然とリョーマの瞳は幸福に綻んだ。


「俺、いつか……」


自然と零れ落ちたのは、未来への希望。
遠くない未来からの、贈り物。


──いつか、手塚さんのお嫁さんになりたいです






◆◇◆◇







それは些細な幸福。
些細な奇跡。
祭の囃子に誘われて、社に詰めた神ですら陽気に踊りだす。
それはひと夏の、たった一度の小さな奇跡。




-END-





→後書き

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