「期待するのとか、もう止めようと思うんスよね」

ほら、そういうのって疲れるしくだらないでしょ?彼女はその無邪気な笑顔で首を傾げて見せた。彼女はこんな子だっただろうか、と記憶を辿ってみる。

だってわたしがいくら陸奥をすきでも、陸奥は全然応えてくれないし、わたしばっかり陸奥がすきなのかなって。なんかひとりで空回りして馬鹿みたいなんスもん。

彼女はきれいな笑顔で、でもなにか汚いものを見るような目でローファーの先を見つめてその馬鹿みたい、を吐き出した。その言い方は毒を吐き出すみたいだった。

陸奥はそれほどわたしのことすきじゃなかったんでしょ?…ねえ、ねえ、わたしといて楽しかった?ねえ、楽しかった?…わたしは楽しかったッスよ。会ったときからずっと憧れてたんス。わたしにはないものを持ってたから。でもそれで充分でしょ?すきになるっていう理由はそれで充分だと思うんス。…陸奥の隣はすごく居心地が良かったッスよ。でもこれからはひとりでも大丈夫ッス。陸奥がいなくても大丈夫ッス。陸奥なんかいらない。陸奥ももうひとりで大丈夫ッスよね。寂しくないッスよね。誰とでも喋れるようになってきたし。…それに今幸せそうッスもんね。いつの間にあのひとと付き合ってたんスね。なんかびっくりしちゃった。言ってくれれば良かったのに……怒らないッスよそんなことで。あのひとはやさしい?…ほんとはわたしよりあのひとの方がすきだったんでしょ?分かってたッスよ。

淡々とした口調でつらつらと喋る彼女の声は抑揚がなく、私の心を素通りする。自分がやさしくすればその相手が誰であってもやさしさを返してくれると思っているのか。彼女は他人に期待しすぎるのだ。彼女が人にやさしくするのは、自分がやさしくして欲しいからだと思う。甘えたいから甘えさせて泣きたいから泣かせてやるのだ。

陸奥がそういう気持ちを表に出せないのはわたしも知ってるんスよ。でも、でもやっぱりかなしい。さみしいんス。満たされない。いつも手を繋ぐときとか抱き合うときとかはすごく嬉しいッス。だから期待してしまうんスよ。たまに陸奥が他の子と仲良くしてたりあのひとと一緒にいるのを見てると不安になるッス。

がつがつ、と彼女のローファーの先が土を削る。靴の先が泥で汚れた。…だからもう終わりにしようねって。 、がつがつ、がつっ、 ねえねえ、わたしのことなんてどうでもよかったんでしょ? がつ、 ねえ、陸奥、陸奥むつ。 がつり、。

ローファーの奏でる音が死刑宣告に聞こえる。死刑執行人が刃物を研いでいるように。もしくは獣が肉や骨を貪っているように。やめて欲しい。そんな声を出さないで欲しい。そんな目で見ないで欲しい。そんなこと聞きたくない。本当は目を瞑りたい。しかしそれができないのは彼女の澄んだ瞳が私の顔を不思議そうに覗き込んでいるからだ。心の中まで見透かされているようだ。けれども彼女は一番重要な部分を見過ごしている。

なあ、わしはおんしが大切じゃよ。口では言えんがちゃんと好いとるよ。どこでどう間違った?何がおんしをそうさせたんじゃ。高杉か。それともわしがおんしを狂わせたのか。


あの冬の日。彼女の澄んだ蒼い瞳を思い出す。半分強引に履かされた彼女の体育シューズを思い出す。傘を貸したときの彼女の手の温かさを思い出す。あの日自分の見た彼女は何だった?記憶の中の彼女は何一つ間違っていないはずだ。偽物は、こっち。





体感零度の激情


「ねーえ。むつ」


嗚呼そうだ。彼女はあまりに純粋すぎたのだ。





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まにさんに頂きました!私の書いた話が元になってるとは思えない素晴らしさ…ぉぉおおお。煌いている…!うちのサイトの一周年のお祝いとのことで、嬉しすぎます!!コチラでもっとたくさんまにさんの素敵小説が読めますよ!うはうはですよ!