赤いウサギがこっちを見ている。青い風船を持っている。ギラリと光る漆黒の眼をこちらに向けて。「いらっしゃいませ」ウサギが上品そうに言う。ウサギの足元には触手がうねうねとのた打ち回っていた。触手の先には赤く爛れた粘膜の口がある。そこがぱくぱくと開閉を繰り返し透明な液体を穿きながら苦しげに蠢いていた。「どうぞ」ウサギがティーカップを差し出す。受け取る。カップの中身は緑色をしていた。緑茶のような淡い緑ではなく、これ以上ないコントラストの、沼のようなとろみを帯びた緑色の液体だった。「今日のお仕事は?」ウサギの声がどこかで聞いたことのあるような声だと思ってなんだか気持ちが悪い。「…歌」なぜだか声が震えた。あまり長くは話せない。「歌…歌…歌…」ウサギは繰り返すとカップを口に運んだ。同じように運ぼうと思ったら中身が飲めたものではないものに気づいてそのまま手首を捻る。びちゃびちゃと緑色が床に広がった。最後の一滴が床に落ちたと思ったら内臓に響くようなベース音が鳴り響き、後ろを向くとステージに一人の少女が立っていた。スポットライトを浴びながら少女は嬉しそうにこちらに手を振る。「歌が好きなの?」少女がマイクを使い喋る。「歌がお好きなのですか?」ウサギも背後から同じように問う。好きだといおうとしたけれど声が出なかった。「私は好き!だから歌うの!」少女は叫び、歌いだす。ぼーくらはみんないーきている!いきーているからうたうんだー!「手のひらを太陽に透かさないと」いつの間にか隣にウサギが立っている。言いながらスポットライトのほうへ手のひらを向ける。握っていた風船が真っ暗な闇に吸い込まれた。ごわごわとしたウサギの手のひらは決して血管を透かさない。自分はどうだろうと翳そうとすると少女が歌を止める。そしてニコニコと明るく笑いながら言った。「「そんなことしなくてもあんたの手、真っ赤じゃないっスか。」」ウサギからも同じ台詞が聞こえて、漸くウサギの声が誰に似ているかを思い出す。歌うたいの少女は消えていた。ウサギは違う少女に代わっている。「おぬしがそれをいうのか?」今度は声は震えない。少女は嫣然と微笑み、こちらに手を伸ばす。白い、手だった。傷だらけの。生き物の体温が頬から伝わる。なんだか無性に切り殺したいとそのとき思った。けれどそうはせずに代わりにその手のひらに自分の手のひらを重ねる。のたうち回っていた触手が彼女の身体を這う。「あぁこれ、とれないんス。」彼女が困った風に眉を顰めた。ぼーくらはみんないーきている。いきーているから…。歌が聞こえて、手を振り払って、刀を抜いた。そのまま首を斯き切る。あまりにも簡単に胴体と首が別れた。落ちた首はウサギに変わる。倒れた胴体も同じく。首だけのウサギがけらけら笑った。劈くようだった。