青いウサギがこっちを見ている。わたしの脚に触手が絡みつく。うねうね。べちゃりと粘着質な液にまみれ吐き出す触手はこの上なく不快で。体毛と同じ色の瞳でウサギはわらう。「いらっしゃいませ」後ろ足で立ち、左の前足を身体の内側に寄せると丁寧にお辞儀をした。そのご清潔なまでの丁重さに無性に吐き気がした。触手がわたしの身体を登っていく。眼前のウサギを傷つけたくてどうしようもなかったけどわたしにはそんな権利ないから歯噛みした。奥歯がぎりっと嫌な音を立てる。権利はないけど力はあった。手加減できない暴力はわたしの右手に飼い馴らされているのだ。わたしの忠実な獣に牙を剥かせるのは簡単だったし、歯止めなんてきっとはじめからない。軋んだ奥歯の音を忘れないうちに権利を義務に変えてみる。気づいたウサギは高笑いした。しかし、それもすぐに掻き消されて薄い微笑で紅茶を啜った。カップのスキマから赤い舌が見える。義務に変わった劣情でその舌ごと殺してやろうと暴力を握って、先を向けた。触手は登って登って、淫靡な動きでわたしの身体に巻きつく。息苦しくて、なんだかうんざりした。やはり権利を義務に変えるべきではなかった。義務の裏には責任があって、それは精神を徒(いたずら)に蝕む。わたしはウサギの責任まで負ってしまったのだと気づいて、先ほどのウサギの高笑いの意味を理解する。触手は服の中にまで侵入しようとした。どうして簡単に捨てることができないのか。未練がましい愚考に飽き飽きしたのはもはや今更で。心臓を喰いちぎられるような痛みに呻いて、無気力に引き金を引いた。ウサギが血を吹くのと同時にため息をつく。ウサギの血は緑色だった。落ちたカップが割れる。脚を上げて勢いをつけて思い切り触手を踏み付けた。触手は白濁の液を吐きながら息絶える。緑に染まるウサギと小汚い触手とそこに立つわたし。わたしはさっきのウサギと同じように右手を身体の内側に寄せてお辞儀をしてみた。でもねちゃりと体液のこびり付いたわたしの姿はいくら丁寧にお辞儀をしたところで全然清潔じゃない。