「別にいいっスよ」

来島が千切れた釦を見ながら言った言葉に思った以上に動揺してしまって。土方は奥歯を軋ませた。

「・・・よくねぇよ」

絞りだした声が惨めで仕様がなかった。あぁ、いまここで全部噛み砕けたら先ほどの言葉も今ある世界も未来も跡形もなく殺してやるのに。せめて、泣くとかそういう扱いやすい素振りをしてくれればいい。そしたら必死に謝罪して宥めて、責任という言い訳に逃げられる。残酷なまでな冷静さにかえって打ちのめされた。一番楽な逃げ道を提示されている。どうぞ、と手まで添えられて。しかし、逃げ帰れない。引き止めるのは自尊心か、陳腐な言い訳でしか綴れない感情か。

「どうして?」

ようやく来島は土方を見た。彼女が疑問を浮かべるのを土方ははじめて見た。彼女は一定の対象以外において受け入れることしかしないからそんな疑問を浮かべても自身の脚で踏み潰す。なにか微かにふれたような気がして、しかし現状では歓喜など沸かない。遠いのか、近いのか。測ることさえ叶わない。

「どうして、とか、そんなの」

床に零れる血と体液をみて眉を潜め、言葉を止めた。来島は土方の様子に気づいたのか同じように床を見た。しかし、それについては何も言わずにまた視線を戻した。土方を見ているようで、見ていない。どこも見ていないのかもしれない。薄い瞳に恐怖する。見透かさない、押しつぶす無感動。閉じられたカーテンの奥から喚声が聞こえた。閉め切ったせいで薄暗い部室にクーラーの呻く音が這う。不似合いなそれらは不協和音を奏でて、土方の苛立ちを増幅させるのには十分だった。痛々しいと思った。自分が。

「いいんスよ。どうでもいいし、こんなの。」

なんの感慨も感情もなく来島が言う。投げやりでもやけくそでもなんでもない。心の底からの途方も無い無機質に、返す言葉が見つかるわけでもないので土方はただ黙った。言葉の代わりに自分の死を祈った。思考や感情が脳から爪先まで巡っているような錯覚さえ起きたが、吐き出すこともできずに。一層大きく、心臓が鳴った。来島はなんのこともないように釦の千切れた服の着替えを始める。そしてあの男の元へ戻るのだろう。世界の全てであるあの男のところに。思わず舌打ちが漏れた。死を祈るまでもなく土方は彼女の世界ですでに黙殺されている。



土方と高杉は剣道部。高杉は幽霊部員という設定。