神楽が防災訓練よろしく机の下に隠れていると一匹の青虫が現れた。青虫は神楽の抱きかかえている可愛らしい黒いリボンをつけた赤い箱をじぃっと見ている。中身はなんてことないチョコレイトだった。なぜチョコレイトかというと今日は2月14日であるからで、そしてその日のチョコレイトはただのチョコレイトでも魔法のチョコレイトになるのである。青虫は小さな口を開き、頭の上の触角をうねうねと動かしながら言った。「どうかそのチョコレイトを私にくださいませんか」青虫の声はとても訛声で神楽はとてもとても嫌な気分になったが、いつまでもチョコレイトを抱えているわけにもいかないのでチョコレイトを青虫の前に投げてやった。その動作が無言であったのは青虫の不快な声音へのささやかな復讐とまったくつまらない八つ当たりだ。本当ならばこのチョコレイトを胃の中に収めるはずだった彼はここにはいないし、なにより彼は神楽のチョコレイトよりももっと素敵な贈り物を他の誰かから貰っているだろうから。青虫はしゅるりと黒いリボンを解き、むしゃむしゃと赤い包み紙を剥がし、ぱかりと箱を開けた。青虫はその中にチョコレイトのほかに紙が入っているのに気づいた。しかし青虫の興味はチョコレイトにしかなかったので紙を脇に置いた。青虫は礼儀を心得ていたので丁寧に置いた。そして、いただきますと一言、もちゃもちゃとチョコレイトを食べ始めた。青虫が半分ほど食べたところで青虫の仲間がやってきた。それらはどんどん増える。神楽はそれをじぃっと見ていた。最終的に青虫は5匹ほどになった。5匹の青虫はチョコレイトだけではなく黒いリボンも赤い包み紙も箱も全部食べた。全て食べつくし、ふぅと一息つくと神楽を見て、ごちそうさまとお辞儀をした。神楽は無反応でそれに応えた。一匹の青虫が言った。「そちらの紙も食べて差し上げましょうか」神楽はチョコレイトと一緒に入っていた紙をじぃっと見つめた。そして首を振る。青虫は一様に肯く。すると、背中に亀裂が走り、そこから蒼い羽根が飛び出した。その次に細い身体が抜け出る。青虫は蝶になった。5匹の蝶ははらはらと舞い上がり悲しい色合いをした夕暮れに消えていった。神楽は机から抜け出て窓へ近づくと、先ほどの紙をバラバラに千切って捨てた。分裂した紙はきらきらはらはらと舞い落ちていった。