肩越しに見える天井はかすんで見えないのに男の顔は残酷にも良く見えた。押さえつけられた手首は熱く、先ほどまで感じた男の手のひらの冷たさはなくなっていた。体温を分け合うとはこういうことか。望んだわけでもないのに。下腹部の感覚は痛みしかなく、叫ぼうとも口に押し込まれた布切れがそれを許さない。足掻けば足掻くほど嵌る底の見えない恐怖にも慣れたのか肺の痙攣はだいぶ収まっていた。首筋を這う舌に肩を振るわせる。目を閉じてみたけれどそれ以上の拒絶は出来そうも無いので悪あがきに変わりない。早く早くと緩やかに流れる時間を急かす。この世界が終わればいい早くはやくなかったことにして。しかしこの現実が終わったっていつもの現実がもう何処にもないことは知っている。もとどおりになんてならない。どろりと無意味な命の破片を流し込まれて吐き気がした。破片は身体に突き刺さる。痛いと泣く。男が笑う。私は気づかないフリをする。熱が無くなって手首に冷たさを感じて。始まりも終わりも冷たいなんてとても皮肉だと思った。目を開くと天井が良く見える。何かを考えたら肺の痙攣が再発しそうだったから意識の外に押し込んで鍵をかけて見ないことにした。男の顔を見ても同じことになるだろうから見えないようにした。悲しいものと醜いものには蓋をして。だからといって綺麗なままで生きていけるわけでもない。