何を考えているのか、隠した瞳どころか指先一つからも教えてはくれない人斬りは、気まぐれに私に贈り物を寄越す。洒落た小瓶の香水、ただ外を歩くだけにしては上等な着物、キラキラ目映い装飾品、あとは暇つぶしにしか使えないようなよくわからないもの。
始めは単純な疑問、次第に綻びた歓喜、今は歯噛みするほど憎らしかった。救われているようで針のむしろの尖った切っ先がひとつ増えたに過ぎないと思い至ってしまえば、なんてことはない、こんなもの。きっとこれらは私の命をほんの少し縮めるだろう。そういう予感があった。不愉快な憐憫だとはねつけられない自分はいっそう哀れだった。そういった現実を突きつける男はそれこそ殺してやりたいぐらいだったが、結局憎しみだって渇望からでた膿みのようなものでしかない。じくじくと腫れあがるばかりで塞がる兆しがみえなくて、放っておけばいいものを爪を立てずにはいられない。そこから漏れ出すむず痒い痛みにすら縋っている。

布団に寝転がって、柔らかな抱き心地と愛らしさがとりえの綿の塊を天井に翳す。一仕事終えた人斬りが片手に大きなうさぎのぬいぐるみを抱えている姿は失笑ものだった。
こんなもの、まったくくだらない。なんの役にも立たない。それどころかねじくれた心をささくれ立たせるばかりだ。それでも今日もつき返せなかった。だからといっていって満面の笑みで受けとったわけでもない。いつかにしたように、笑みを殺してぐっと唇を結んだりもしない。 人斬りとぬいぐるみ。それを受けとる人殺しがもう一人。有様があまりに馬鹿馬鹿しくて、鼻で笑ったら、愉しそうな笑みを返された。あの男は滑稽な茶番で自分を慰めたいのだ。そして私はその媒介にされている。そんなことぐらい知っている。知っていることを知られているのも分かっている。本当は何一つ分かっていないことも、分かってる。
屈辱、羞恥、悔悟、それらを上回る渇望。ぐるりと身体を反転させて、うさぎを布団に押し付けた。赤く安っぽい瞳が私を映す。赤い世界に沈む私。苦しげに、溺れている。きっと、息ができないのだ。
煮え切らない感情の息の根を止めるつもりでぬいぐるみの首を縊った。引き攣れた布の波は、治りかけの歪な皮膚を思い出させる。私の身体にもいくつか刻まれている傷痕。
手のひらは熱い。咽喉の奥からも熱が迫る。この熱に焦されて、燃え尽きてしまいたい。手の内で溺れ死ぬなんて、許せない。私が赤く揺らめく炎となってあの男を燃えつくしてしまいたい。

「あんたが全部私のものにならないなら、私、なにもいらない」

吐息のような声と、熱を、吐き出した。ひとりごちた後の静謐はよけいに耳が痛む。うさぎはただ淡々と作り物の瞳に私を映し続けている。やはり馬鹿馬鹿しくて笑ってしまう。あまりに惨めで、救いがなくて、傲慢で、臆病で。
もしこんな中身のない抜け殻ではない、もっと理想の形をした贈り物を与えられたら、それは私の命をほんの少しどころか、凄まじい速さで消費していくだろう。そして今以上の嫌悪に身を震わせるだろう。なんにしたって、逃げ場が無い。それでも、それでも全てが欲しい。揺れうごく感情も自我も時間も心臓の鼓動一つの掌握さえも望む。底の見えない欲求に足を取られそうになって、その縺れを解くように息を吸う。息を吐く。ゆっくりと。
求めながらも、触れることさえ怖ろしいのだ。得てしまうことも、失うことも、拒絶されることも、失望されることも。曖昧な妥協に許容されている実態に安堵している。傷口を触って確認しては、その存在にどこか許しを乞う。何もかもが不毛に円を描いていて、そこから抜け出せない。
手のひらを離して、すかさずうさぎの耳を掴んで放り投げた。愛くるしいそれは壁に当たってだらりと落ちた。その周囲には洒落た小瓶の香水、ただ外を歩くだけにしては上等な着物、キラキラ目映い装飾品、あとは暇つぶしにしか使えないようなよくわからないもの。葬れない屍の群れ。私もいずれはそれの仲間入り。