「世界は私に酷いことばかりする」
グラフィックのゾンビを撃ち殺しながら来島が言う。やたらうるさいゲームセンターで、その声はけして大きくはなかったが、隣で気だるげに鑑賞する銀八に届くには充分だった。銀八は先ほどクレーンゲームで取ったアニメ調の少女が微笑むジッポを手のひらで弄ぶ。
「そうかもなぁ。お前って可哀相な女の子だしさぁ。神さまも虐めたくなるんじゃねぇの。」
かわいそうとはいったいなんだ。思い返してみればろくでもない人生ではあったが割り切ることは出来ていた。子どものころのほうがずっと利口だった。希望というものがあまりなかったからだ。来島は歯噛みする。それに比べて今はなぜだか期待ばかり。甘い夢に足を捕らわれて、気が付けば銜えた指を噛み切っている。溢れる血は憎悪の色か、否。
「みんなしんじゃえ。大火事になっちゃえ。ゴジラとかでもいいし。全部ぐちゃぐちゃになっちゃえばいいのに。こんな風に。」
画面の中では次々と奇怪な悲鳴をあげてゾンビが死んでいく。崩壊した世界。腐った身体。気味の悪い作り物。それでもなぜか自分よりも上等な生き物なのではないかと来島は考えてしまう。
「そうだなぁ。みんなしんじゃえばいいのになぁ。大好きな先輩は別の女の子と付き合ってるし、しかもお前の唯一の友達だし。二人ともずーっとそれお前に秘密にしてたし。みんなお前のこと置いていっちゃっうし。友達できねーし。両親は結構前に死んでるし。引き取ってくれた親戚は無関心だし。その前に引き取られた親戚には犯されそうになるし。最悪じゃん人生。いいことまるでないね。なんで生きてんの?つーか、それめちゃくちゃ上手くね?百発百中じゃん。」
この男は決定的な勘違いをしていると思ったけれど教えてやる義理もないので来島は黙って銃を撃ち続けた。制服のままだというのに店員が来る様子もない。
「復讐してやる」
「どうやって」
「こうやって」
おもちゃの銃を、何も貫くことなどできない偽物を、銀八の心臓に当てる。その間にライフは尽きて、大きな画面にゲームオーバーの文字。再チャレンジのカウント。銀八は、銃を掴んで自らいっそう押し当てた。来島はそれをじぃと見つめる。手を差し入れて心臓を抉り出してやりたいと思う。
「哀れだなぁ。惨めだなぁ。可愛いなぁ。本当に。」
ゲームは終了してしまった。来島は銀八の手のひらを振り払って銃を下ろし、専用の台に仕舞う。
「俺はさぁ、また子ちゃんの神さまになりたいわけですよ。もしくは、世界、とか。」
「…ばっかみたい」
「誰かさんほどじゃねぇけどな。あーあー、大人しく俺に愛されていれば良いのに。」
嘲り交じりのその言葉は非常に耐えがたかった。無視することぐらいできるはずだというのに、内側から溢れて溢れてたまらない。溺れる寸前、最後の息を吐くように、来島の淡い色をした唇から言葉が零れる。
「抱きしめてもくれないくせに」
不覚にも泣きそうになっている。そうして、自分は抱きしめられたいのだ、こんな男にも、と思った。確信してしまった。もはや絶望的だった。
じわじわ滲む残酷な世界で唯一来島に愛を与えてくれるはずの男はにやにやと笑っている。両手はコートのポケットのなか。