「ねぇ、それであいつに助けてもらうの?」

男が目を細める。探るような嘲笑。何を探っているかといえば、私の希望だろう。それを見つけて引きずり出して踏みにじりたいのだ。子どもが真新しい雪に喜び、ぐちゃりぐちゃり、無邪気に汚していくように。そして汚した私の顔を覗き込んで、今度こそ本当に嘲笑うだろう。気が向けば、可哀想にとでもいうかもしれない。機嫌がよければ、名も知らぬたくさんの誰かの死がこびりついた手で頭を撫ぜるかもしれない。何度も通った道をぐるぐると、男に手を引かれて、回る、回る。そこは霧の深い森の中で、息苦しくてたまらない。それを煽るように、男の手のひらが私の首を掴んだ。

「俺が飼ってあげるよ。餌もあげるし、散歩も時々なら、してあげる。俺の選んだ綺麗な服着て、真っ赤な首輪してさぁ、俺のこと見上げてよ。」

ふざけているのか本気なのか。暴力の化身の意図は知れない。もっとうつくしい言葉を紡げば良いというのに。やり方を知らないのだきっと。虚空を持て余すことさえしないのだから。なんだか急にその身体を抱きしめたくなった。愛しさなどではない、本能でもない。仄暗い意趣返しのような、悪趣味で。

「だきしめころされるなんてまっぴらっスよ」

いつだか聞いたかわいそうな妹の、いっとうかわいそうな話を持ち出して、窺う。変わらない微笑。するともしないともいわない。ただ弧を描いた唇。その上に在る、浅緋の髪から覗く、澄んだ青い瞳の途方もない寂寞は呪いといっても過言ではなく。一人また一人と脅え離れあるいは逃げ出し殺される中、その呪縛だけは一生この男に寄り添うのだろう。光から見放された生白い身体にゆっくりと手を這わせて、真っ赤な心臓に唇を寄せ、歯を立てることもなく、爪を立てることもなく、ただただそっと安穏と許された平和を貪り、いきつづけるのだろう。