(生徒沖田×保健医また子)


かんかんかんかん。遮断機の音が耳鳴りのように。赤、赤、赤。蜂模様の棒が行く手を阻む。かんかんかん。淡い栗色の髪の少年。夕陽に照らされて。その夕陽より濃厚な赤い瞳。それが隣の金糸の女を映す。女は青い瞳を少年には向けない。
「先生は俺のことなんかすぐに忘れる」
「そうっスね」
「そんなの不公平じゃないですかィ。俺は覚えてるのに。」
「そうっスね」
かんかんかんかんかんかんかんかんかん。
「第二ボタン。あげたんスか」
「部活の後輩2年の子に」
「名前は?」
「…忘れた」
「自分だって忘れるんじゃないっスか」
「俺がボタンあげたら先生は忘れねェの?」
来島が口を開くと同時に不愉快な音を立てて電車が二人の目の前をよぎった。深い濃赤は澄んだ青を視界から外さない。この空のように、浸食していけたらいいのに。だがしかし、そうだとしても交われないのだろう決して。来島が口を閉ざす。ひょっとしたらその間に何かを言ったかもしれない。言わなかったかもしれない。どっちにしろかき消された音は戻ってこない。それは沖田も、来島自身も重々知っている。踏み込めないことへの言い訳を、今もこうして探してる。
「卒業おめでとう。沖田くん。」
棒が登る登る。来島は歩き出した。沖田は動かずに登る遮断機を見上げる。燃える様な夕暮れが少し悲しい。来島を追うことはしなかった。夕暮れよりもずっと悲痛な寂寞が待っていると知っていた。ならばせめてサヨナラぐらい、と思って揺れる金糸を見続けたけれど一度も振り返らずに、またかんかんかんという遮断機と電車に掻き消されて、見えなくなった。夕日が沈む。世界は暗く。誤魔化した幕引きが、胸に深く根を下ろした。上書きしてしまいたいと思うときに限って追い詰められている。明日から学校はない。