「ひどい」

「…」

「ひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどい」

彼女の言うとおりひどいさいていさいあくの人間だと思った(じぶんが)。思ったけれど謝るのもなにか違うと思ったから黙っていた。彼女は未だにひどいと連呼しながら両手で顔を覆っている。そんなことよりも膣から溢れる精液を拭えばいいのにと汚した張本人が思うのだから救いがないと思った。小さな手のひらで隠れた表情が笑っているのか泣いているのか分からない。本当に傷ついているのかそれともフリなのか。しんすけさまが、と微かに聞こえたから胸が痛んだ。これは悪だと思った。ひどいと思う。ひどいのは悪だ。だから顔を覆う両手を掴んで振り払い肌蹴た服から覗く肩口を掴んで向き合わせる。彼女は抵抗せずに大人しく視線を合わせた。コバルトの瞳が移す世界は暗澹としているから目の前の男を映さない。

「『しんすけさまが』、なに?」

意図したわけでもないのに低い声音が出た。だからといって彼女が動じる様子はなく視線も外れなかった。瞳の奥の奥にさえ真実も事実もない。

「おまえなんか嫌い大嫌い酷い嫌いきらいきらいひどいだいきら」

同じことを何度か繰り返した後に彼女は黙った。なぜかというと口を塞いだから黙るしかないのだ。なんどみたって彼女の視線の先には何も無い。

「別に見て欲しいわけでもない」

口から零れ落ちたのはまったくの独り言で、彼女はそれ相応の対応をしてくれた。つまりまったく動じた様子もなくむしろ聞いていた様子もなく口を覆う手のひらを引き剥がそうと格闘している。何かを望むのは不毛だと思った。祈りなんて無意味だと知っていた。ここはそういう世界で、それゆえに足掻くのだろうけれどそんな一人遊びにさえ飽きてしまえば残るのは諦観だけだ。

(なのにこの悲しみはどこから来るのだろう)

なんだかとてもとても悲しいので拭われない精液で彼女が孕めばいいのにと思う。そうして生まれおちた子どもが自分と同じ化け物であったならなお良い。共有できない寂寞を教えてそのまま死んでゆきたい。