好きだから、と答えたら、顔を歪めた。言葉一つでひどい傷を負ったという痛みを孕んだ瞳。その時、引き返せないと強く思った。もし理解できないという顔をしてくれたら、あるいはそこで手を離せたのかもしれない。

組み敷いた身体は強張っていたけれどやはり女特有の柔らかさがあった。すらりとした脚、豊かな乳房、蒼褪めた唇、どこもかしこも触れてゆくのが愉しくて、唇を寄せる。首筋にやわく噛みつくとむずるように身を竦めて咽び泣く姿をいっそう悲しく愛おしく、そして憎憎しく想う。
拒絶さえも割り開いて深く入りこむと、蜜の詰まった肢体が震えた。胸を引き裂くような悲鳴が暗い空白を廻る。

薄闇に映える白い肌と広がる髪は、昔見た写真を髣髴させた。白いワンピースを着た幼い少女が真白い床に横たわっていて、その広がった長い髪はまるで翼のように広がっている。堕ちた鳥のようだと、そのときふと思った。そしてその虚ろな想像はぱちんと消えて、鮮やかな、とても自然では生きていけなそうな色をした小鳥が土の上で食い破られている姿に変わる。これは、写真よりも遠い記憶。獣に嬲られたのだろう。白い腹は赤く染まって、羽根は泥に濡れて嫌な光を反射する。その羽根の色は童話の中で幸福を象徴する鳥と同じ青色。

「ゆる、さない…絶対っ。あんたなんか、死んじゃえ…」
嗚咽交じりに零れる怨嗟。その中の許さない、という響きに甘美なものを見出して、口に含んだ角砂糖のようにじわりと胸の中で甘やかな憎悪が溶けてゆく。自虐的な歓喜。逆説的な展望。
「そうだよなァ、俺なんか死んじまえばいいのにな」
顔を覆う腕を掴んで、濡れた青い瞳を覗き込む。薄闇のなか、きらりと光る。その奥に宿る全てが欲しい。けれど叶わない。手を伸ばした先の倖せなんてものはいつだって遠い。そして幕切れは唐突。嫌というほど知っている。暮れなずむ赤い空に上る一筋の白い線。あまりに軽い、白い骨。記憶をぐっと押し戻して、唇を歪めた。
「俺が死のうと生きてようとどっちにしたって、お前もう二度と誰ともできねェな。だってするたびに俺にされたこと思い出すだろ?こうやって。」
言葉の内の、息を止めるそのときまで寄り添い続ける絶望を悟った来島のか細く震える唇に口付ける。噛み付くようなものではない、ゆっくりと触れてから、愛おしくてたまらないというように深く貪る。逃げる舌を追っては絡ませた。
なぁ、愛してるよ。本当だよ。好きじゃなけりゃこんなことできないだろう。こんな陰惨で醜い繋がり。どうして耐えられる。
優しく触れて、行き場のない愛を囁いて、来島は全て拒絶したいとばかりに身を捩る。陳腐な恋人ごっこをすればするほどのちに訪れる悲劇は深い。きっと、来島も分かっている。それが嬉しくてたまらない。掴んで組み敷いて、絶対に逃してなんかやらない。
もっと深く入り込んで、傷つけてやりたい。誰にも癒せないような、醜い傷を。この先誰を愛し誰に愛されようと、必ず今日の日を思い起こすように。彼女の未来は今この瞬間真っ黒に塗りつぶされて、その暗黒を歩んでいくのだ。二人きりの秘密を抱えて。そんな一縷の可能性だけが幸福だ。奪って切り落として掴んだ青いしあわせ。
死んだってかまわない。言葉通り許されない限り、この柔いからだの内側で生き続けるだろう。お前のこころで生かされたい。だから未来永劫俺を呪ってくれよ。