わたしは先生のことが嫌いじゃなかった。むしろすきだと思う。愛していたと思う。けれど先生はわたしを信じようとはしなかった。それは先生が愛情において臆病だったからでもあるし、わたしが先輩の居る世界を手放せないせいもあったのだと思う。けれど先生が傷つくことを恐れずに、わたしが見限られることに耐えられたからといって結局上手くはいかなかっただろう。どこにだって致命的な欠陥は転がっている。例えばすぐ足元に。


どろどろと流れる血をもはや諦観といった具合で見る。痛む腹部に顔を顰めてそれでも涙は出なかった。きっと一緒に流れてしまった、この血の色に。顔を上げると先生は蒼白で、怯えた瞳で私の中から零れだした赤い色を見下ろしている。

「…先輩の子じゃないスよ」

先生がわたしを数秒、見た後、わたしを殴った手のひらで顔を覆った。それを見て残酷なことを言ってしまったのだと気づいた。てっきり喜ぶのかと思っていたのに。殺すなら他人の子と自分の子のどちらがマシなのだろう。だけど事実は事実だ。かわいそうな先生。何も知らなかっただけなのに。
なんだかこうなることが解っていた気がする。いや、こうなることを望んでいたのかもしれない。ほんとうのひとごろしはわたしなのかもしれない。だから先生はそんな顔をしないでいいんだよ、そういってあげたかったけど言わなかった。先生が傷つけば傷つくほどそれはわたしへの愛の形なんじゃないかと思った。わたしはこうやって、わたしを信じてくれなかった先生を罰しているんだ。神さま気取りで。なんて陰惨なんだろうか。それでも笑ってしまうわたしはどこで間違ったんだろうか。
わたしは先生の求めているものをきっとあげられない。先生の赤い瞳が流れる命の色と似ているから、名前もかたちもない死に至った存在がわたしの胎内の代わりに先生の瞳の中で生きつづけて先生をずっとずっとたくさん愛してあげればいいのにと思った。手を握って、頬に触れて、不明瞭な言の葉に愛をのせて、抱き合うことはできる。でも、わたしと先生は結局かたちある他人だ。ひとつになんてなれない。