BLっぽくとれるところもありますがどちらかというと人間的な執着という感じのつもりです。







「せんせい、あたしせんせいのこと好きっス」

にこにこと笑う。無邪気を装ってはいるけれど悪意とも敵意とも取れない冷ややかな雰囲気が見え隠れする女生徒は、銀八の懐疑的な視線に臆することなく後ろ手で閉めたばかりの扉の鍵を施錠した。そのカチリという音が拳銃の安全装置が外される時の音と似ているような気がして、これはきっとある種の死刑宣告に違いないと半ば絶望的に思う。定期テストの答案に赤ペンを滑らせる作業を再開させると、極力無感動を意識して言葉を紡ぐ。こういうことは得意なはずなのに、上手くいかない気分になるのは何故なのか。

「…愛しの晋助先輩はどうしたの?」

「先輩はあたしに何もくれないから」

言葉の中に若干の嫌悪を感じとり、銀八は来島を見る。来島はその視線に、貼りつけた無邪気な笑みで答え、先を続けた。

別に欲しかったわけじゃないんスよ。望んでなんか無かった。でも本当に何もくれないんス。一つも分けてなんてくれないんス。もうあたし耐えられなくなっちゃったんス。だって先輩はせんせいのことが特別なんだもん。でも先輩の特別なせんせいを手に入れればそれってつまりなんにも手に入らない先輩の一部を手に入れたようなものでしょ

言葉の続きを来島は喋り続けたけど銀八は否定も反論しなかった。言うための何かをもってはいなかったからだ。言葉を咀嚼する過程で靄掛かった記憶の波が押し寄せて飲み込まれる。青い空、滲んだ雲、透ける金髪。伸びやかな手足。夏の空と同じ色をした瞳が柔らかに微笑んで。視線の先には何時だって漆黒の影が見えたけれどそれでも良かった。確かにそう思ってた。
それが、たった一年前と少し前の話。胸に燻る淡いそれは愛情ではなかったけれど似たようなものだったのかもしれない。喋り終えたらしい来島が軽い足取りで銀八の傍まで近づき、面白そうに背後から手元を覗きこむと、赤ペンを握る手の甲に自分の手のひらを乗せる。暖かな指に、ペンが止まる。薬指でキラキラと主張する指輪に銀八の喉の奥で不快な塊が渦を巻いた。止まったペン先から赤インクが滲んでまぁるい染みを作る。

「それ以上何が欲しいわけ?」

「特別」というのが禍々しく憎悪と好意、あるいは更に形容しがたいものが混じりあった見るに耐えない感情であることを、来島は知らないわけでもないのだろう。そんなものさえ求める彼女が、銀八は哀れに思えてならない。
少しの沈黙の後、『それ』が何を指すのか理解した来島が反対の手で指輪をなぞった。コケティッシュな仕草に自然と顔が歪む。決して嫌悪感ではなかった。その事実が暗然と追い討ちをかける。やめろと言葉が出掛かるのに渦巻く塊がそれを塞き止め、それによって塊が一層膨れ上がった。否定や拒絶が絡まって、燻る熱と相反するそれらの様相が破裂しそうな激情へ変化する。なにか鋭利な言葉が欲しい。切り裂いて切り裂いてなかったことに出来るほど細かく砕いてしまえるような。そういう言葉が欲しい。けれど出てこない、あぁやめろなにもいわないでくれわらうなそんなこえでわらうなあのなつのそらのしたでむけたえがおは

「だってこんなのキョコウなんスもん」

来島がなんともないように言う。単なる世間話のような軽さ。しかし彼女にとっての事実はそんなものなのだろう。受け入れ認めた結果が虚無であるならそれはどうにもならない。狂おしいという域に達しそうな感情を誤魔化すために嘆息一つ。だいたい先生は物じゃありません。と言った後に手を払って来島を見たけれど、彼女は相変わらず扇情的な笑みを浮かべて銀八の背中に胸の膨らみを押し付ける。振り払われた手が、甘みを帯びて首に絡まった。ねぇ好き好き好き好き。せんせいの為ならなんでもしてあげる。あたしの全部あげるっス。あいしてる。鼓膜に甘く響く台詞と記憶の中の無邪気に笑う少女を重ねてみたけど上手く繋げない。どうにもならないものだとしても、あれは虚構などではなかったはずだ。確かな現実、しかし過去。かたん、と床から音がして下を向くと銀色の指輪がゴミ箱の底で光っていた。

(あぁ、あの少女は何処へ消えた?誰が消した?)

それこそ虚構

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