ぴんと張り詰めた静謐にいたたまれなくなって銀八は来島の細い首を掴んだ。両手が震えた。怯懦ではない。歓喜でもない。ではなんだと問われればこれは紛れもない絶望だ。あぁ、なんという悲しさおかしさ。初めからこうすればよかった。そうすれば得ないですむもののあったはずなのに。ほんの少しの間違いや意思で命が脅かされてしまうというのに、来島は動じることもなく、そっと目を閉じた。数秒経ってから息を吐(つ)くように言葉を繋ぐ。漏れ出す言葉は呼吸のついでだとでも言いたげな、抑揚のない落ち着いた声音だった。

「わたしは先輩のこと好きだけどそれはどうしようもないエゴで自分勝手な感情だから答えを求めちゃいけないって思ったけどでもやっぱり望んじゃうんスね。それって当然なことかもしれないけどでもなんだか醜くて責められているみたいで苦しい。だって現に先輩が選んだのは私じゃないんスから」

首元を掴んだ両手から伝わる振動を感じるたびに、力を込めて永遠に口を塞いでしまいたい衝動に駆られ耐える。あまりの惨めさに自分でも情けなくなったのか、ふいに泣きたくなった。最後に泣いたのは何時だったか。義父が死んだときか。あの人は自分を愛してくれたが、それは他のものと同じ愛情だったと銀八は思っている。秀逸な教師であった彼は全てにおいての父だった。あの人の全てを受諾するような穏やかな眼差しは世界の全てに向けられていた。一つ一つを愛するひとだった。そして銀八にはそれが堪らなく憎かったのだ、きっと。思い起こすと憎悪どころか喪失感までも一緒に巡ってきて、蝕まれるのを食い止めるように歯噛みした。ぱちりぱちりとコマ送りで脳裏に、青い空に流れる煙を視る。高く高く、上っていく白煙。

「俺もそうだっていいてぇの」
「わたし、先生のこと責めてない。けど。軽蔑はしてたかもしれない。だからもっとずっと苦しくなった。悲しかった。せんせいもわたしもきっとかわらない。違うものだけどでも同じものだった。」

吐く息まで震えているような気がして。来島に気づかれていなければいいと心の底から祈ったけれど、そんなプライドが今更何を救うわけでもない。力が入らない。いや、嘘だ。絞めようとする自分とそれを拒む自分がいて、それが腕を震わせている。
あぁ泣かなかったよ。俺は。銀八は悔悟に似た陰鬱を噛み締める。灰になった義父を間近に泣いたのは銀八よりもずっと幼い少年だった。黒髪の。小さな手のひらで灰を掴んで堪えるように泣いていた。疑問もなくただ一直線にあの人を愛せるその子どもに侮蔑や羨望がなかったとは言わない。むしろ有り余りすぎていた。その薄暗い熱は今でも燻っているのかどうか銀八には分からない。考えたくもない。ただ、今、その少年を愛した少女の首を絞めている。
少女のなかにあの時少年の残骸を見つける。真っ直ぐな親愛愛情、亡失の先の虚無。それだけを無かったことに、消してしまうのは不可能なのに。祈りは無様で、震える手が嘲笑う。喉が痛んだ。頭痛までする。ぐわんぐわんと警報にも似た鈍痛が思考を霞ませる。彼女は同じだといったけれど、果たしてそうだろうか。俺には信じるに値するものを見つけることもできない。向き合う強さもない。銀八は胸中で呻いた。だからこうすることしかできない。もしくはそれが彼女が違うと言った部分なのかもしれない。

「殺すんスか」
「ころせない」
「それって愛なんスか」

彼女の小さな空に移る憔悴しきった自分。その渇いた空の中に一筋の白煙を探したけれど見つからなかった。自嘲することもできずに両手を離す。空色に浮かんだ一瞬の失望が一生自分を苛むだろうと銀八には分かっていた。脆弱な両手が同じように彼女を苛め苦しめればいいと思ったけれどそれは叶わないことだった。なにがどうあれ、同じものだけれど違うものなのだ。自分たちは。だったらここに二人閉塞された、矮小な世界で生きていくことが間違ってる。

「のろいだよ」

吐き捨てるように、しかしいとおしむように未練がましく、眉を顰め言えば、来島が微かに、苦くだが、悲しみに満ち満ちていたが、笑ったような気がして。離した手のひらから温度が抜けていくのに思わず、同じように笑ってしまう。こんなにもあっけなく終わる一瞬に縋らなければいけないだなんて、なんて。






松陽先生が銀八のお義父さんだったらという妄想。題名はAKB48。
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