「だめ、あふれちゃうから」

目を閉じて耳を塞ぐ。どくん、ごぽり。音がする。脳髄が泡で溢れる。

「なにそれ?なんかえろいんだけど」

引き千切る。ねじ切る。頭にこびり付いた幻想を消し去ろうとごしごしごしごしごし刹那スパーク真っ白でも消えない。手足をばたつかせて夢に溺れた世界で足掻いてみるけど同じものを見つけて失望するだけでなにも知れないまま終わりの音が流れていく。人の体温が頬に触れて吐き気がした。わたしは何も要らないし何も求めたりしない。そんな愚かなことはしない。なのに方向を見失った理性がどろどろ溶けていってわたしを無残に否定する。

「さみしいの?」

違う。

「かなしいの?」

違うよ。

「かわいそうにね。」

忘れていたいのに嗜虐性を纏った好奇心でわたしの領域に踏み込む男が同情とも侮蔑とも付かない言葉を吐いてわたしはそれを如何拾い上げて如何殺して如何終わらせて如何咀嚼しようかを考えるけど答えが出る前に唇が触れて咥内で舌が触れて絡まって離れて。不意に掠める幻影が残忍な牙を剥く。がぶり。頭から食べられて血管が千切れて血が溢れて纏まりきれない感情がばらばらなまま溢れて、それでも幻だとしても取り込まれてひとつになれればいいじゃないかと暴走しきった理性が囁く。あまりに惨めで消えてしまいたい。理想なんて何一つ届かない。

「…あんただって同じくせに」

吐き捨てて睥睨する。本当に欲しいものはなぁに?と赤い目の中のわたしが血色の世界で問いを投げた。細められる。男が笑う。そういうとこ好きだよ。甘みなんて欠片も無い言葉が聴覚を揺るがして奥歯を噛む。抱き寄せられたけど抵抗せずにそのまま腕を背に回した。骨ばった指がスカートの中に入り込んで。陰気な雰囲気に満ち満ちた準備室は沈黙を恐れないし、破らない。狭い部屋に二人だけ。誰もいない。誰も見ない。誰も何も言わない。矮小な形。部屋の空気が濃密過ぎて、ヤニで少し黄ばんだカーテンの奥に外があるなんて思えなかった。薄い布が淡く夕陽を写すのは確かなのに。首筋に痛み。入り込む指。粘膜から伝わる違和感が背筋を震わす。何も考えたくないからこうやって逃げて。でもいつか終わりが来てまた思考がなぞる快感と罪悪感の狭間の苦痛でもがかなきゃいけない。わたしの頭の中なのにわたしの思い通りにいかないのは何故だろう。無意識が先行してわたしの首を絞める。媚びた息を吐く身体は嫌悪感すら忘れてしまった。裏切らないものなんて何も無いと知って少し泣いた。でもなにも救われない。溢れ続けるとめどないそれに溺れて、そして

(死んでいく)

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