どろどろと、どろどろと溶ける溶ける溶ける!理性が精神が正常な精神が。「ああああっ」自分の声が遠い。本当に自分の声なのかどうかもわからない。そしてきっといづれなにもかもが分からなくなる。がつん、と頬を殴られたけれど痛みが遅い。じわじわと咥内から血が溢れて漸く痛みを思い出す。口の端からだらしなく血と唾液が零れて。次は反対側。呼吸が一瞬、上手くできない。ぐわんと視界が歪んで。また正常な細胞が零れていく。残った細胞は夢を見ている。幸せな夢?違う。きっと違う。いや、絶対に違う。「ひ、うっ、ぁくっ」身体の内側を抉られて気持ちいいのか気持ち悪いのか分からない。たださっき見えたとき血が出ていたからきっと気持ちよくなんてないはずで、でも痛いより痺れるといった風な、こんなの異常だ。次々と溢れてくる声を殺したいけどそうするとまた殴られるだろうからやめておいた。やめておいたのに息苦しくなる。首が圧迫されている。肺が何かを求めてる。空気か、違う、真っ黒な世界かもしれない。どこまでも何も無い世界。それはきっと優しい。考えると駄目だと思うけれど駄目だと思うのも溶けていく。なのに肝心なものは溶けていかない。目が開けられないと思った。でも開いているのかいないのかそんなの初めからわからない。あぁ暗い暗い。ここは寒い。ここは彼の世界。

「来島」

声がする。答えられない。苦しいんです。息ができないんです。肺が絞れないんです。だから答えられないんです。
涙が、頬を伝う感覚。悲しい苦しい。なぜ悲しいなぜ苦しい。物理的なものだけじゃない触れられるものだけじゃない。あぁその真意はどこにあるの私には教えてくれないの。夢見る細胞が囁く囁くいっせいにざわざわと。ねぇ何が悲しいの。

「愛してるよ」

首を絞めていた手が離されたのか、空気が一気に入り込んで気持ちが悪い。咳が止まらない。感覚が一斉に戻ってきて妙な浮遊感に吐き気がする。口元を押さえる耐える咳が止まらない。彼はそんな私を気にした風もなくキセルを手に取り口に銜える。涙が落ちる、落ちる。口元を押さえていた手を見れば血がついていた。死の病を髣髴させる。あぁこのまま分かりやすく一直線に抗いようもなく死に向えるのだったらそれも悪くないのかもしれない。ここは暗い寒い怖い。なんという三重奏!咳も止まって普通に呼吸が出来るようになって、どろりとしたたる体液に漸く気を回せるようになってもしもの未来に薄い恐怖を感じてでも彼はそれを望んでいるのだろうかなんて考えたら嬉しいのかなんなのか分からない。でも苦しい。あぁ、きっと不毛だと分かっているからだ。背中から抱きしめるように手が回されて、それは優しいけれど淡い期待を切り捨ててゆくような優しさだった。私を少しづつころしていく。

「なぁ、なにも考えねぇでここにいろよ。そうすりゃもっとずっと」

彼は続きを言わなかった。回された腕の先の手のひらに手のひらを重ねる。離れられないのが一番怖いと思うのに、その言葉にうなずく自分がいる。あなたは誰なの。何かを望んでいるはずなのにその望みが上手く捉えられない。逃げ出したいのか捕らわれたいのか。溶けて溶けて分からなくなる。