馬乗りになった万斉の手が服の中を蹂躙していくけれど抵抗するのも面倒でただ黙って見上げていた。肌に直に触れる冷たい温度に自然と肩が跳ねる。これを怯えと受け取られたらなんという不快感だろうかと陰鬱に思うけれど否定する機会さえ与えられないからさらに陰鬱になり、もはや通り越して失望感さえ芽生えた。きっと同情に似ている。身勝手な憐憫を視線に込めて一層身体の力を抜いた。馬鹿馬鹿しすぎて涙が出る。そっと目蓋を降ろす。刹那的な闇が神経を心地よく蝕んで。現実が見えなくなればこんなにも安らか。なのに這い回る手が全部ぶち壊しにする。

「ないんでしょ」

指が止まる。眼を開く。闇が消える。私は、思いつく限りの方法でこの途方も無い無感動を伝えようとする。あぁなんて愚かしい。不毛なことばかり積み重ねていずれその重みに殺されるのだろうか。

「さわりたいとこ」

万斉が目を見開いて。その奥に分裂したわたしを見つけて、無感動のなかに漸く見つけた穏やかな憎悪でねめつけた。けれどその様は愛おしくもあるから最高の侮蔑を込めて言葉を吐く。この胸いっぱいの、溢れるぐらいの、押し付けがましい愛情を。ほんの少しでも持っていってよ。じゃないと不公平でしょう。あぁいっそこの不毛な価値につぶれる前に歪んだ愛の重みで死ねばいいのに。無機物になりかける亡骸を抱きかかえて腹の底から笑うのかもしれない。何かが違えば喉が裂けるほど泣き喚くのかもしれない。どちらにせよ、それは幸せな終末だろう。だからそんなこと絶対にありえない。

「そうやって愛されたがるんスね。偶像にさえも。」

悲痛か憎しみか、万斉の顔が歪んだからけたたましい笑いが口角を押し上げたけどわたしが笑ったら万斉がほんの少しでも救われてしまうと思ったから押し黙って視線も外す。窓の外には豊満な月がたおやかな光を篭めて黒い海に浮かんでいる。音もなく。強張った指がわたしの手首を解放して、でも万斉は動こうとはしなかった。何の感情も伝えられない体温は心地よい温度でひとりっきりの二人を嘲笑う。拒絶できないものを拒絶しようとするから小さな世界に閉じ込められて。変わらないものを知っているくせに逃げ出して。その潔癖さゆえの脆弱に吐き気がする。万斉は何も言わない。私も何も言わない。静まり返った空白が埋める間も無く広がって暴力的に現実を突きつけるから闇を探して目を閉じた。世界の目映さが途方もなく痛々しいの。

(あぁほらまた許されたがる)