もうやめようと言われて唇が触れる前に突き放された。万斉はわたしと視線を合わせないように目を伏せている。ごぽりと溢れ喉を詰まらせる言葉が曖昧に形を変えて体内に廻っていく。肩に触れていた手さえ離されて、わたしも同じように目を伏せ俯いた。息を吐くと震えているのがわかる。あぁ失うのかとおもって完全に目を閉じた。離れてしまった身体は冷たい。凍えるようなものでなく内部からじわじわと溢れる冷たさ。血液が流れ続けて失血死してしまうのと同じだ。溢れていく傷口を上手く縫い合わせることが出来ずに途方にくれる。

「これ以上を求め続けるのは辛い」

万斉が淡々と無感動に言った。あまりにも感情が籠もっていないから誰か別の人間の言葉を代弁しているのではないかと一瞬考えたけれど、そっちのほうが残酷だから何も言えない。段々現実が見えてきて加害者はどちらかというとわたしだろうからここで慰めるとか冷淡に嘲るとかそういったことをするべきかもしれないけどわたしはどちらも出来ずに失う部分の空洞への処置を必死に考える。つまりは不毛だといいたいのだ。でもそんなもの何処にだって転がっているのに何故よりによってこれを捨てていくの。先走る自意識に混乱しているのだと気づいて不快な渦に飲み込まれる。愛されたい殺されたい聞いて欲しい聞いて欲しくない求められたい分からなくなる。陰惨な感情の波に自我が絡み取られて。空洞は広がり続けて黒い孔が優しく笑う。

「好き」

自衛目的のそれを口に出してしまってから酷く傷つけたと思った。わたしは頭が悪いから取り返しがつかなくなって漸く知る。見上げることも出来ずに。なにか、なんでもいいから誤魔化そうとコートを掴んだけど死んだものが生き返らないように喪失した感情の埋め合わせはできない。知っているのに覚えていられない見えるのに直視できない触れたいと思ったのは確かなはずなのに。

「嘘ばっかり」

万斉が困ったように笑って頭を撫でる。乗せられた重さに唇が震えた。眼球の奥がやたらと痛む。言葉に侮蔑が無く今までと同じようなやさしさに安堵したのが一番醜い。捨てなければ得られないものがあるのにどちらも欲しくてだから傷つけて傷つけあってそうやって舐めあって互いに首を絞めてナイフを銃を刀を握って何も無いところを抉っている。わたしは終わらせ方なんて知らない。けど、きつくコートを握った指を万斉がゆっくりと解いていくからこれが終わりなのだとは分かった。開いた手から零れ落ちたものを拾いきれなくて頭の中がぐちゃぐちゃして心臓が破裂しそうででも凍りつきそうで言葉も出なくて暗澹と覆い始める視界の先で歩き始めた万斉の後姿を見ていたけど万斉は一度も振り返らなかった。