緩やかな感傷に足を捕らわれて。手を伸ばせないわけでもないのに戸惑う。恐れているものが終焉なのかそれとも始まりなのか、それを知るのは私にはとても難しい。知ってしまえば分かってしまえば向き合わなければいけない。それに誠実でいられるほどの自信が無い。

「晋助様」

暗澹とした不安を取り除くように名前を呼ぶと彼はいつもと同じように薄く笑って。その長い指で私の頬を撫ぜる。触れる手のひらはとても穏やかなのに世界はそれを知らない。彼が潰してゆくものの一つ一つがかつて彼が愛していたものだというのに。そして初めに見放したのは、彼ではないのに。それを思うと、歯痒さや醜い憎悪が心臓を鷲掴んだ。けれどその感情は身勝手なものだ。茨道を駆けてきたような無数の傷が彼を苛むのをどうすることもできない無力さだって、私が彼に与えることのできる全てだって、一つ違えば欺瞞だろう。だとすればこの愛情は陰惨なものでしかないのかもしれない。 ぐるぐると不毛に考えているうちに抱き寄せられて。分け合う体温は憂鬱を一瞬、霧散させる。重なる唇は安堵を招く反面ひやりと冷たいものを脳髄に流し込んだ。触れる唇が零れる言葉が射抜く視線が身体を撫ぜる手のひらがとても倖せで、彼の与えてくれる全ては私の全てであるはずで。でも、優しいのは怖い。気持ちいいのは怖い。幸福にはきっと底がある。落ちる場所がある。落とし穴を踏み外すのは、真っ逆さまに落ちるのは、今あるものを手放すのは、ひたすらな恐怖だった。ずぷずぷと体内から得体の知れないものに、引きずり降ろされるような不快感。時折真っ暗な世界を垣間見る。それが望むべき結果なのか嫌悪すべき結末なのか解らない。しかし捕らえられてしまえばどこへもいけないだろう。
あぁ、どこかにいきたい。捕らえられるまえに。逃げ出して。誰も居ない。不安の無い。完全無欠な。二人だけの矮小な世界へ行きたい。私だったら、彼が何も壊さずに生きていけるようにその世界を護りとおせる自信があるのに。欺瞞でない愛情を確信できるのに。けれど、そんなもの何処にもないのだと解っている。夢を見るのは残酷だと知ってしまった。気がつかないことだけが愚鈍ではないのだ。それがとても悲しいから誤魔化すように彼の肩に顔を埋め、ただただ世界の閉塞を祈る。





銀魂女子祭さんに参加させていただいたときのはなしです。